PHASE-1134【秘め事にしなければ良かったと思うよ】
「さて――これでいいかな?」
控えよ発言に満足がいったのか、笑みを湛えてエリスを見れば、
「有り難うございます。ゲッコー殿」
典雅な一礼にて応えるエリスは、姿勢を戻すと同時に足を動かし、ダークエルフの中心人物であるネクレス氏の前まで歩み寄ると、目線の高さを合わせるようにしゃがむ。
「次期王が手ずから、この首を落としてくれるのでしょうか?」
棘はあるけど、面と向かえば一応は敬語なんだなネクレス氏。
「そんな事はしません。そんな事をすれば僕は貴方方と共に歩むことが出来なくなりますから」
「ハッ! 冗談がお上手なようで」
小馬鹿な笑みで返すも、
「冗談ではないですよ」
意にも介さないエリスの声は芯が通っており、その声を耳にするだけでネクレス氏の後方にて片膝をつくダークエルフさんと私兵たちの背筋が伸びた。
小さな体だが、次期王としての威厳を垣間見たような気がした。
ネクレス氏もソレを感じ取ったからだろう、笑みから口を一文字に変えてエリスを見る。
睨む――ではなく注視といった感じだ。
――全体が聞く姿勢になったところで、
「僕はこのくだらない階級制を完全に破壊するために王となるのですから」
と、エリスは継ぐ。
「そんなこと納得しないでしょうな。我々ではなく氏族の連中が。こちらも言えた義理ではないですが、あそこで転がっているヤツは俺たちを利用したいだけだった。躊躇なく俺たちダークエルフの前でハウルーシを斬ったのがいい証拠」
同盟関係のダークエルフさん達の前でああいった言動が出来るんだからな。ネクレス氏の言い分は正しい。
「確かに――。でも僕の時代ではそういった事は許しません。現王の政を踏襲しながらも、新たな政に励みます」
「それは?」
ここでネクレス氏以外のダークエルフさんが問いかける。
伏せていた顔を上げ、声にはわずかながら期待も含まれていた。
それが気に入らなかったのか、ネクレス氏はそのダークエルフさんを肩越しにて睨む。
ネクレス氏と目が合えば、大急ぎで顔を伏せようとしていた。
伏せようとするダークエルフさんへとエリスが近づけば、
「まずはウーマンヤールという階級を無くします。これは第一段階であり最優先で執り行います。そして僕の最終目標は先ほども言いましたが、全ての階級を取り払うことです」
「あり得ない」
「あり得ない事をやるんです。だからこそ皆さんの力が必要なんです。そして氏族に変わる新たな立場を作ります」
「何が完全になくすだ! 結局は名前が変わるだけではないか!」
ダークエルフさんの声は先ほどの期待を含めたものから怒りへと変わり、強い語気をエリスへとぶつける。
その一人の怒声が唱和となるが、小さな体は気圧されない。
「新たな立場にはダークエルフの方々にも入ってもらいます」
「それを許す者がどこにいる!」
ネクレス氏よりもヒートアップしているダークエルフさん達は、今にも立ち上がってエリスに躍りかかりそうな勢い。
それを許さないとばかりに、ゴロ丸とエルダー二体が決してエリスから離れず、大きな手と二つのカイトシールドが勢いを削いでくれる。
「ここにいます。次の王がそうすると言うのですから、そうなるように話を進めていきます。そもそも内戦前はダークエルフの中にも氏族はいたわけですから。新たなる立場で戻っていただきます」
「信じられん」
「信じてもらいます」
「証拠がない!」
「あります」
「それは何なのだ!」
「えっと、それは……」
おっと、ここでモジモジとし始めるエリス。
同時に俺の背中にゾワリと寒気が走る。
いや、もう一人の方からさっき話は聞いたけどさ……。
「エリス。こういった状況下でモジモジくねくねと動くな。こういった事は恥ずかしがらず堂々とした姿勢で伝えるんだ。じゃないと相手の心底まで届かないぞ!」
ちょっと嫉妬が混じってしまった強めの声音。
「はい師匠。流石です」
なにが流石なの? 俺はお前と違って敗北者ですよ……。
俺に指摘され、う、ううん――と、声を整えると。
「ダークエルフ族長であるルリエール・シャクナリスは僕の許嫁です」
モジモジから姿勢を正し、打って変わっての自信に溢れた発言。
――……しじまの訪れ。
まあ、そうなるわな……。
聞かされる俺は更に寒さに襲われるけども……。
弟子に許嫁がいるのに、師である俺にはいないってどうですかね?
許嫁もいなけりゃ恋人もいない童貞勇者が、許嫁のいる少年エルフの師匠とかしてもいいんすかね……。
やっぱ転生する時に超絶パワーのチート能力者にしてもらえばよかったのかな……。
そうすれば今ごろハーレム無双とかっていう素敵なルートもあった可能性も……。
「そんな悲しい顔をするな。相手はお前より遙かに年上だ。チャンスはまだあるさ」
俺の心を読まないでいただきたい。ゲッコーさん……。
現状、俺が転生時に手に入れた能力で召喚している人物は側に立つ渋いおっさん……。
だからか余計に超絶パワーにしとけばよかったと思えてしかたないぜ……。
そもそもチャンスはまだあるさって言い方よ。
あってくれなきゃ困りますよ。
俺もう十七歳ですよ!
一人くらい出来てたっていいじゃない。ひたむきよ。この世界に来てからはひたむきに努力してますよ。
そこをしっかりと見てくれる女子が欲しいです……。インキュバスのランシェルじゃなく女子が……。
世界よ! もっと俺を甘やかしてくれ!
もっと俺に都合のいい世界になってくれ……。
物語の中心じゃなく、世界の中心に立ちたい!
「なんかよからぬ考えを抱いているな。目の前で次代の王が真剣に語っている時になにを頭の中で脱線しているんだ」
「あ、はい……」
そこそこ本気の声でゲッコーさんに怒られる……。
やはりこの世界は俺には優しくないようだ……。
まあ、その優しくないルートを選んで、しかもスパルタを常時召喚しているのは俺ですけども……。
【転生当初は召喚つかって楽して攻略って考えていたのに、今となっては率先して俺が頑張る異世界転生……】
ってタイトルにしようかしら。
「馬鹿な事を」
と、俺が阿呆な思いに耽る最中にも、エリスとダークエルフさん達の間では話は進んでいる。
といってもエリスの話を全くもって信じていない状況が続いているだけ。
なぜエルダールである王族がウーマンヤールの族長と恋仲なのか。
あり得ない事だと信じていない。
第一そのような話は聞いたことがないという事だった。
ルリエールは侍女たちにだけお教えてたって事かな?
エリスの側仕えであるリンファさんもエリスの私事は知らないようだったし、二人の関係は限られた者達だけが知る秘め事のようだね。
血の気が多いダークエルフの男性陣で知っている人物はいないようだ。
と、思ったけど、目を閉じて話を聞くだけにシフトチェンジした男性が一人。
ネクレス氏だ。
もしかして――、ネクレス氏は二人の関係を知っていたのかな?
「もし事実だとすれば、それは受け入れられん!」
と、一人が言えば、「「「「そうだ、そうだ」」」」と続く。
「だからルリエールと侍女の方々は皆さんに黙っていたんですよ」
熱くなる対面者たちと違い、エリスだけは落ち着いた声で返す。
「なんで黙ってたの?」
ここで俺が素朴な質問。
血の気の多い男性陣に話せば目の前のリアクションになるのが分かっていたから語らなかったんだろうけども、タイミングを見計らって言うことも出来た機会もあったと思うんだよね。
それこそ人間と違って長い時の中を過ごす種族なんだからさ。
それで両者の関係がよくなるならいい事なんだし。
――……なので俺を残念な目で見るのは止めていただきたいですね。ゲッコーさん……。
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