PHASE-1151【帽子も変わりなく】

 ――……そう、目の前の長剣は紛う方なきフランベルジュ……。

 戦慄を覚えると同時に芽生える願い。

 その願いとは、以前の物と同一の物であってほしくないという強く思い。


 ――……現実逃避をしたいが、そんな事は許されないのが現実でもある……。

 しっかりと受け入れないといけないんだよな……。

 ああ、クソッ!

 声を発する前に自然と喉が動き、ゴクリと唾を飲み込む。


「魔大陸はラッテンバウル要塞で同じ物を目にしたな……」


「でしょうね。同じ物だもの」


「……久しぶりだな」


「ええ。お久しぶり。どうしたの? 顔が真っ青よ。勇者だというのにね。やはり臆病者に称号を変更する?」


「真っ青にもなるさ」


「そうよね。今の貴男は一人だもの。頼りになる強力な仲間はいないものね」

 言われれば目が泳ぎ、心臓の音が聞こえてきそうなほどに激しく脈打つ。

 目の前の存在が俺の思っている通りの人物なら、恐れを抱いてしまうのも仕方がないこと。

 なにより久しぶりって言葉に久しぶりで返してくるんだからな。


「……デミタス……か?」

 ここでも唾を飲んでしまう動作の後に言葉を発する。

 だが緊張からか口内は乾ききっていた。

 飲む唾すらなかった……。


「あら嬉しい。しっかりと名前を覚えてくれていたなんてね。それにしてもこの状態だとやはり重いわね」

 返している中で再び土が盛り上がり、そこへフランベルジュを寝かせるように置く。

 敵だし脅威である存在だけど、剣先を地面に突き刺して立てるなん事をしないのは、剣を大切にしている者の所作であるから好感が持てた。

 剣を寝かせると、その横からも土が盛り上がり、偽者――デミタスの側にて留まればデミタスはそこへと手を伸ばす。

 土はデミタスの前で緩やかに崩れていき、現れるのは……赤黒いベレー帽……。


敗者の鮮血ビクターマーク


「しっかりと覚えているじゃない」

 言いつつ被る。


「さてと――」

 被った途端に俺の寒気は最大のものへと変わる。

 圧倒的な力を目の当たりにすれば、体も硬直する。

 今までの難敵とは圧倒的に違う存在。

 もちろんデスベアラーのような難敵ともぶつかったが今は状況が違う。

 俺の周りに頼れる強者はいない……。


「じゃあ――殺してあげましょう」


「なんとも楽しげに言ってくれるね」


「楽しくはないわね。嬉しくはあってもね。それにさっきも言ったけど、落胆もあるのよ」


「落胆ね……」

 場数を踏んでるって発言を驕りと受け取ったんだろうな。 

 デミタスからすれば俺の戦績なんてまだまだ甘ちゃんって事なんだろう。

 まあ、そう思われても仕方ないよな……。

 今回の行動は大失態だ。

 なんでこんなにも単独で追走してしまったのか……。

 勝てると判断した事で行動が短絡的になってしまった……。

 集落での別れ際、ゲッコーさんに油断するなと言われたが全くもってその発言を活かせなかったな。

 連戦による連戦。

 そしてその全てに勝利する事での慢心。

 ルーシャンナルさんとの戦いでは驕らないようにと自分を殴って律したものの、これだもの……。

 もっと慎重に立ち回るべきだった。

 そんな事が思い浮かばないほどに、俺は潜在意識の中で連勝に舞い上がっていたんだろうな。

 

 相対していた偽者の実力が自分より格下だと高を括り、他に強者からなる仲間がいるのだろうと判断し、捕らえて情報を聞きだそうということに躍起になって一人で追走したが……、そもそも、そんな強者の仲間はいないのかもな……。


「フル・ギルの使用者は……お前か?」


「まあね。単独潜入だもの」

 デミタスの発言を正直に受け取ることは危険でもあるが、使用した張本人であるという説得力は十分にある。

 目の前の相手の力は理解しているからな。

 リンが呪解できない程の力を有しているのは確かだろう。

 

「調子に乗って単身で安直に追走しておいて、よく場数を踏んでいるなんて言えたものよね」


「返す言葉もないね……。落胆させたのも分かるってもんだ。しっかりと反省するさ」


「殊勝で結構」

 強者の余裕とばかりの笑みは、先ほどまでの不気味さが消え去ったもの。


「落胆する部分は他にもあるけどね!」


「そうかよ」

 明らかにその他ってのが理由としては大きいようだな。

 語気が強くなっているもの。


「リンファ・ファロンドに姿を変えて潜入したこの国で、まさかの再開には驚いたけども、その時の会話の内容に最も落胆させられた」

 ――なんだったかな? 普通に会話をしただけだから内容をしっかりと覚えていない。


「貴男、北の地で死にかけたと言ったわよね」


「ああ。確かに」

 マジョリカとの戦いで危うく死にかけたからな。


「最も落胆したのはそこよ。あまりにも情けなくて驚きの声を上げてしまったわよ」

 ――あれか。

 俺が死にかけたって話の部分を耳にした時、おしとやかさからかけ離れた表情に変わったのは印象的だった。

 俺の事を心配しての驚きかとその時は思ったけど、そうじゃなかったわけだ。

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