PHASE-474【喉の仏さん】
「今日はここで一晩過ごしましょう」
「賛成。流石に足が棒だよ」
「森の賢人であるエルフなのに?」
「精神的に疲れるの」
マスクを指さしながら言ってくる。
「さっさと家を出してよ」
だだっ子かよ。この中で一番のとんでも年長者のくせに。
いままでの経験上、ギャルゲー主人公の家は、閉め切っていれば瘴気が室内に入ってこない高気密な作り。
それを知っているからこそ、早く室内に入りたいと懇願してくる。
まあ、美人の懇願は悪いものではない。
欠点として、召喚時の大きな光が問題なんだよね。
「ここらってまだ大丈夫?」
「要塞からは見えないです」
ランシェルの言葉を信じつつ、ベルとゲッコーさんにも意見を伺うように目を向ければ、問題ないだろうとばかりに首肯が返ってくる。
少しでも要塞のある方向から死角になりそうな木々の多い部分に移動してから召喚――――。
「本当にありがたいよ」
「有り難がるのはいいけど、念のためにマスクは直ぐには外すなよ」
「分かってるって♪」
上機嫌で何よりだ。
念には念をということで、玄関先でシャルナにプロテクションを展開してもらい、瘴気をそこで遮断しつつ家の中へ――――、
「ふぃ~」
プシュ。この缶コーラの音がなんと甘美なことか。
やはり現代人にとって、人工甘味料は切っても切れないよね~。
ゴクゴクと豪快に飲めば、喉に伝わる強炭酸の刺激。
「かぁぁぁぁ! 最高だぜ!!」
「なんでビールがないんだ」
「まあまあ」
俺のリアクションは、正にビールを飲む人の喜び方だったようで、ゲッコーさんが無性に炭酸麦汁を欲している。
コーラを刺激の代用にと俺が差し出せば、ゴクゴクと飲み始めた。
「美味すぎる!」
親の声より聞いた台詞をいただく。
「ビールが無くてもいいでしょ」
「いや、欲しい。王都に戻って何処まで進んでいるかも知りたいな。そう考えると、荀彧殿をドヌクトスに呼んだ時に聞いておけばよかった」
「今ごろは完成して、試飲されてたりして」
「俺に黙って飲んでいるようなら、俺は本気で――――許さない」
やめてくれる……。目がマジなんですけど。
その目を宿したまま王都を侵略しそうな勢いだよ。
「ま、こいつがあるからいいが」
「なんですその酒瓶は? 明らかにこの世界のものとは違うデザインですね」
「このラム酒はミズーリに置いてあったんだ」
置いてあるけども。勝手に持ち出さないでくださいよ。
まあ、嬉々とした表情を見せられれば何も言えなくなるけど。
「こうやって、ラムとコーラを割ってだな」
「ラムコークってやつでしょ」
「その通りだ。ここにライムがあるならキューバ・リブレとして楽しむ事もできるんだが」
などと言いつつ。氷の入ったグラスの中にラム酒とコーラを入れていく。
シュワシュワと炭酸が、グラスからはじけて飛び出るところに口を近づけてグッと飲めば、先ほど同様に美味すぎる! と、言うのかと期待していれば――、
「喉の仏さんが喜んでいるぞ」
なんだよ喉の仏さんって……。
完全に酔いの回ったおっさん――特に関西圏のおっさんの言いぐさじゃねえか。
まだ一杯目だというのに、アルコールを体に取り込むことが出来てご機嫌だ。
よくよく考えなくても、魔大陸だってのになんだこの余裕は。
「飲む前に行動してください」
「ああ、すまない」
ベルから注意を受けてている。
「お前もだ」
と、俺も怒られる。
いくら木々に覆われているからといって、召喚した家から漏れる光は目立つ。
まず入って直ぐにする事は飲むことではなく、カーテンを閉めることだろうと怒られた。
母親のような言い方だった。
まず入って直ぐに、手洗いとうがいをしなさいってニュアンスに似ていた。
――カーテンを閉め切ったところで、
「はあ、最高!」
素顔を見せるシャルナの表情は上機嫌。
ガスマスクから解放されているけど、俺たちは用心する。
これでシャルナが気分悪くなってきたら最悪だからな。
「私もそれ飲みたい」
コーラの味は何度か家を召喚した時に経験しているシャルナ。今ではお気に入りの飲み物になっている。
喉にくる強い刺激が癖になったらしい。
「ランシェル。私はお腹が空いたので料理をお願いします」
「畏まりました」
メイド然とした一礼で、マスクを外したコクリコに応える。
甲斐甲斐しく料理を始めたいようだが、使い方が未だに分からないご様子。
直ぐさまベルが手伝ってくれる。
リビングから眺めるキッチンの光景は、仲良き姉妹のようだ。
一人は男だけど。
「ケロッとしているのがな……」
グビリとラムコーク飲みつつ、嘆息まじりの一言。
先ほどのマンティコアでの行動に対して、かなりの雷を落としたのに、すでに横柄な態度でソファに体を預けて、食事を求めるコクリコの姿に、ゲッコーさんもお手上げとばかりに肩を竦める。
馬耳東風とは、正にコクリコのためにある四字熟語だ――――。
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