PHASE-475【夢・おぼえていますか】

 料理を始めて小一時間。

 この家のキッチン機能を使うのに、まだまだ手慣れていないランシェルだけど、火の調節が便利なガスコンロに感動していたし、隣のIHクッキングヒーターには、なぜ火が出ていないのに、スープがグツグツと煮込まれるのか不思議がっていた。

 魔法やらタリスマンがあるのに。というツッコミはここではしない。

 

 で、俺とゲッコーさんはゆったりとした時間を楽しみつつも、コクリコとシャルナに状態異常が起きていないかをつぶさに監視しつつ、俺もラムコークをちびちびと始める。

 この世界だと酒を飲んでも問題がない年齢だからって、日本における未成年という常識が希薄になり、抵抗なく普通に飲んでいる俺――――。


「ふぅ~」

 満足だ。ベルとランシェルが作った料理は相変わらず美味かった。

 夕食はルーラーデンとかいう、薄切りの肉で具を巻いた料理。それとパンとスープ。

 ドイツ料理を堪能した。

 ドイツ料理と言うたびに、ベルからはプロニアスの料理と訂正されるけど。

 いつもの如く腹を満たして風呂に入り、ベッドで横になる。

 足元の悪い道を長時間歩き、酒も入ったから即効で睡魔に襲われるってもんだよ。


 ――………………。


 ――…………。


 ――……。


『トール様』

 ん?

 なんでランシェルがいる。


 ――……。


 しかもなんで巨乳なんだ。

 なんで、艶めかしく俺を見てくるんだ。

 なんで、手招きしてくるんだ。


『本日の疲れを――』

 今お前の視線かんじる。ここにおいでと――――、

 ――……ではない!


「いや結構!」

 くわっと目を見開き、即効で起き上がれば、ベッドの横にはランシェルがいた。

 夢の中へ進入されているのが直ぐに分かる俺は、経験を活かせているね。


「何やってんの?」


「本日は疲れたでしょうから癒やしを」


「うん、結構だよ」

 なんでインキュバスにエロい夢を見せられないといけないのか。

 巨乳なのもやめていただきたい。お前は男なんだから。

 俺は変な方向に進みたくないので――――、


「ゆっくりとしたいんだ。一人でいさせてくれ」

 言えば、すっごく寂しそうな顔になる。

 なんで俺が罪悪感を感じないといけないの……。

 女の子みたいな表情で、悲しげに俺を見るんじゃないよ。

 ランシェルはなんとも残念そうに、トボトボとした歩みで部屋から出て行った。

 いや、本当になんなの……。男同士なんだよ俺たちは!

 

「…………もぉぉぉぉぉぉぉぉぉお」

 ――………………なんでこんなにモヤモヤせねばならんのかね…………。




「どうした? 眠れなかったのか?」


「まあ、ガスマスク組になにか有ればと心配してまして」


「関心だな」

 褒めるゲッコーさんには申し訳ないね。

 単純にランシェルの夜這い的な行為が未遂に終わったまでは良かったけども、その後、悶々とした思いが続いて寝れなかったってのが真実なんだよね。

 最悪のコンディションだよ。

 脱力感が凄いよ……。

 ある意味、俺の知ってる夢魔のやり口だよ。

 俺の姿を目にして、申し訳ないと思っているランシェルが側に立っていた。


「まあ戦闘に突入すれば、睡眠なんてろくにとれなくなるからな。その程度どうでもないだろう」


「おうよ」

 ベルに問われれば、強がりたい俺。


「よし、出発」

 気合いを入れるように俺が発して先頭を歩く。

 あ、そうだ。

 振り返ってから、ガスマスクを再び着用する二人の内の小さい方を睨んで、


「お前、昨日と同じような行動はとるなよ」

 と、釘を刺す。

 追従するように、ベルとゲッコーさんからも注意が飛ぶ。割と強い口調で。

 二人に言われれば、流石のコクリコも素直に頷いていた。

 でもこいつは、三歩歩けば忘れるニワトリタイプだからな。


「さて、ランシェル」


「何でしょう」

 問えば申し訳ないと思っているせいか、返事は凄く早かった。


「ここから歩いて、後どのくらいで要塞に着くかな?」


「休息をいれて、宵の時間ほどには」

 夕暮れからすぐってことか。

 宵闇の中は発見されやすいから、夜になってから動くべきか。

 でも相手は、空が闇に支配されていても動けるって話しだしな。

 暗闇も、遠くも見る事も出来るビジョンのような能力がパッシブだもんな。


「とにかく進むしかない」

 そう言って、ベルが俺の先を歩く。

 

 地龍を救い出して、前魔王も救う。

 それによって、カルディア大陸に広がる瘴気の一部が浄化されるし、前魔王派だって味方になってくれるはず。

 形勢を立て直すには必須の人材たちだろう。

 追い詰められた人類サイドに後退はない。前に進むしかない。 

 そういった気持ちを抱いて、ベルの横に並び、強い足取りで下生えの上を歩き進む。

 

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