PHASE-1535【焦らせる】

「勇者殿はともかく。よもやそんな手段で足を止めずに接近してくるとは……」


「大したものだろう」


「どう言葉として表現すればよいのか直ぐには浮かびません」


「さっきみたいに素晴らしいって発言だけで十分だ」

 言いつつ跳躍。

 高い跳躍力を見せてもらえるのは新鮮。

 

 これに俺も追従。

 


「ようやく接近を許しましたね」

 追従しつつ口を開く中、ゲッコーさんが先駆けとして小太刀を振るう。

 ゲッコーさんによる刀での攻撃。

 高い跳躍と同様、新鮮。

 そんな新鮮であり鋭い斬撃はなんとも独特。

 剣道が元になっている俺とは違い、ゲッコーさんのはナイフ捌きをそのまま小太刀でやっているといったところ。

 初手の構えの時と同様、右手で持つ小太刀をゆらゆらと動かし、加えて左手をひらひらと動かす。

 相手の意識を散らしながら斬りかかるといった戦法。

 

 当然ながらクロウス氏はそこいらの連中とは違うので、そういったフェイントに引っかかることはないんだろうけども――、


「なんと!」

 接近戦を仕掛けるのはゲッコーさんだ。

 理解はしていても対応できるとは限らない。

 小太刀を振るだけでなく、意識させる左腕をクロウス氏の右腕に絡ませるようにして拘束。

 この一連の動作を空中でやってのける技量たるや。

 腕の動きは、ボア科の蛇が獲物を締め付けるかのような幻視を起こさせる。

 絡みつき、関節を極めて自由を奪い、小太刀で斬りかかるというところでゴキボキと嫌な音。

 

 これには、


「やるじゃないか」

 と、ゲッコーさん。

 着地ののちに褒め称える先で、ゆっくりと着地してくるクロウス氏の右腕はあらぬ方向に曲がりながら、力なく垂れ下がっている。

 

 ――……見ているだけで自分の右腕も痛くなる……。


「極められた状況から脱するために、無理矢理に自分の関節や骨を破壊しての脱出とか……」

 でもって、表情は変えないとか……。


「死よりも痛みの方がましですからね。それに――激痛は伴いますが問題はありません」

 次にはヒールと発する。

 だよな。この世界だと多少の無理をしても魔法の力でちょちょいのちょいなんだもんな……。

 こういったことが出来るから無茶な脱出も可能なわけだ。

 というか、勉強になった。

 回復手段があれば、こういった痛みを伴いながらの脱出も出来るって事を自分の頭の中にも叩き込んでおこう。

 俺の場合は回復魔法じゃなくポーションを即使用。

 致命傷の一撃を受ければ即使用という思考だけでなく、拘束から脱するために負傷覚悟で無理矢理に脱し、直ぐに回復アイテムを使用って思考も新たに刻まないといけない。


 学ばせてもらったお礼として、


「トール」


「絶好の機会を有り難うございます」

 ゲッコーさんによって奪われた周囲への警戒心。

 で、一連の流れを見るだけの事が出来ている俺は、それだけ余裕を持ってクロウス氏へと接近することが可能だった。


「プロテクション」

 そうするよね。

 関節を破壊しながら拘束から脱するってのは驚きでしたけど、接近を妨げたい時に実行する手段というのは今までの経験則から分かるというものです。


 なので斬撃ではなく――、


「ボドキン!」


「かっ!?」

 入った!

 入った事に自分でも驚いてしまったけど確かに入った!

 皆のお膳立てのお陰で、ようやく強者に対してダメージらしいダメージを入れる事が出来た!

 目に見える痛打!

 

 大立者という、この要塞において序列二位であろう存在。

 そんな存在に歪む表情を作らせることを俺が成功させた。

 俺個人の攻撃でこの強者の表情を変えることが出来た。つまりは俺の攻撃でも十分に通用するということを意味する。


 通用するなら――倒せるってことだ!


「もういっちょ!」

 良いのを二発も喰らったからな。こっちも最低でも同数の二発はきっちりお返ししないとね。


「無駄です!」


「それは試してみないと分からないでしょう――が!」

 後方に下がるクロウス氏に向けての二撃目もボドキン。

 後退する所でご丁寧にプロテクションで妨害してこようとも内側に衝撃を叩き込む。


「くそ!」

 が、攻撃は当たらず。

 衝撃はスーツに触れる程度。

 届かなかったことに心の底から悔しさを漏らしつつも、足は止めずに追走。

 回復なんてさせない。

 しなくても素早い動きからして大痛打とまではいかないようだけど、


「どうしました! 急に下がりはじめましたね!」

 と、俺以上に攻めの嗅覚が敏感なコクリコが続く。

 それも背後へと回り込んでの上手い攻め。

 クロウス氏の後方からアークウィップを振り回し、後退を阻害してくれる。


「これは面倒な状況」


「面倒だけで済めば良いですね! 済ませませんが! きっちりと床の冷たさを全身で堪能させてあげましょう!」


「言いますね!」

 コクリコの挑発気味な発言。

 今までなら余裕ある対応だったけども、丁寧な口調の中に荒さが混じっていた。

 欺瞞じゃないなら間違いなく焦りからきている。


「合わせてくれよ」


「もちろんですとも!」

 さっきみたいに大振りの電撃鞭のような扱いはしないとばかりに、アドンとサムソンと共に三方向から繰り出す振りは、クロウス氏にだけ向けてのピンポイントのもの。

 俺の動きを妨げず、クロウス氏の後退だけを妨げてくれる妙技。


「アナイアレ――」


「使うと思ったよ」

 と、ここでゲッコーさん。

 気配を消して俺に続いているなんて知らなかったから、側面から急に出てくるとちょっと驚く。


「くぅ!」

 中腰姿勢で地面を滑るように動くゲッコーさんによる小太刀の逆袈裟。

 背を反らして回避すれば、黒の三つ揃いに切れ目が入る。


「残念。スーツだけだったか」


「一張羅なんですが……ね!」

 後方から攻めてくる電撃鞭。

 左前方からは俺の接近。

 右前方から仕掛けたゲッコーさんによって窮したのか、一太刀を躱したところで拳に纏わせたオーラによる拳打でゲッコーさんを狙う。

 姿勢を整えないままの拳打だった。


「悪手」

 一言そう言って、宙空に小太刀を仕舞えば中腰猫背による姿勢。

 後は両手首で十字を書けば必殺の光線――といったモノは出ないけども、仕留めるという意味合いでは共通の姿勢でもある。

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