PHASE-164【金色の虎】
――――デトックス効果が抜群の森に囲まれた中を歩くけども、村の事を考えると、そういう気分にはなれないよな。
現在の天候だと、平和なら弁当を持って風光を楽しむって感じなんだけども。
――ガサリ、
「ん?」
なんの音かな?
ゲッコーさんが左腕を横に伸ばして止まれの合図。
茂みの方で、草木が揺れる。
木漏れ日はあるが、山道以外は手つかずの自然。
奥の方は闇に支配されている。
「気を抜くな」
立派な装飾で出来た護拳が付属した柄に、手を沿わせるベル。
感知能力が高いベルが見せる動作。
明らかにこちらに敵意のある存在が近づいて来ている証拠。
でも、まだ抜剣をしないから半々なのかな?
とにかく警戒は怠らない。
腰のホルスターにあるマテバのグリップを右手で握り構える。
日本にいた頃には考えられない、危機管理能力の向上である。
こんな風に日々、緊張状態を保っていたなら、蝉に驚いて死ぬなんて事もなかったし、セラに馬鹿笑いされる事もなかったんだろうな。
「西部劇じゃないんだ。片手で撃とうとするなよ」
と、渋く鋭い声で注意を受けた。
危機感の中でも格好つけようとするところは、危機感を本気で受け止めていない証だと反省だ。
ちゃんとホルスターから抜いて、両手でしっかりとグリップを握る。
「来ますよ」
ワンドを構えるコクリコ。
王都では、借りてきた猫みたいに大人しくて、いいところがなかったからか、誰よりも前に立つ。
後衛の魔道師が立つ位置じゃない……。
こいつにもお叱りを発してほしいですよ。ゲッコーさん。
――ガサガサと音を立てて、草木がうねり、それが俺たちが立つ山道へと近づいてくる。
バッと、茂みから飛び出してきたのは、
「なんと美しい」
小声で漏らすベル。
言は正しい。
金色の毛並みからなる虎が現れた。
「でかい虎だ!」
ベルと違って、俺は美しさより、大きさを口に出す。
そもそも虎を生で見た事ないから、大きさは分からないが、目の前のは間違いなくでかい。
全長は五メートルくらいはある。
上顎には犬歯と思われる二本の歯が、弧を描くように生えている。長さは一メートルはあるだろう。
こいつは――、
「ゲッコーさん。サーベルタイガーですよ。絶滅した生き物を俺たちは見ています」
「だな……。凄い経験をさせてもらっている。いままでも凄かったけども。ファンタジー世界は俺たちに夢も与えてくれる」
「これは貴重です! このモンスターはケーニッヒス・ティーガーという、大型の希少なモンスターです!」
「「なに!?」」
俺とゲッコーさんは、興奮するコクリコの説明にハモって返す。
なんて素敵な名前なんだろうと、二人で顔を見合わせる。
「アハト・アハトですよ。そいつは素敵だ、大好きだ! ですよ」
「最後のは分からんが、お前の熱き思いは理解できる。前面装甲180㎜に、マイバッハHL230P30をヒーヒー言わせたエンジン泣かせの凄いやつ」
ごめんなさい……。語末に進むのつれて興奮してますが、俺の知識では、そこまではついて行けません。
俺以上に、女性陣二人は、熱く語るゲッコーさんをポカンとしながら見ている。
「グルゥゥゥゥゥゥゥ」
典型的なうなり声を上げ、身を低くし、今にもこちらに躍りかかってきそうな勢いだ。
名前に興奮している俺たちとは違った意味で興奮している。
相手は野生のモンスター。日本にいた時の俺なら一目散に逃げてただろうが、ヒッポグリフやクラーケンを目にしてるからか、そこまで怖がっていないっていうね。
胆力がついたもんだ。
ケーニッヒス・ティーガーとの距離は二十メートルほど。
結構、離れているけども、俊敏そうだから、一足飛びで目の前まで来るだろう。
で、敵対行動となれば、長くて鋭い犬歯が、俺たちに見舞われるってところか。
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