PHASE-323【自分の名前はきついよ】

「この洞窟を見てどう思われますか?」


「どうって……」

 山と答えればいいのだろうか?

 どう見ても山だ。山の穴蔵が洞窟なんだろう。

 湿地に囲まれた山。

 こういう発想しか俺には思い浮かばない。

 後は――――、


「水を堰き止めて、水かさを増させて、堰き止めた部分を破壊すれば、この洞窟は容易く水攻めにあいそうですよね」

 雨期にやれば効果は倍増だろうとも付け加えた。


「問題ありません。対策は考えています」

 洞窟周囲の水の流れを整理し、水門を造ってそこにも砦を築いて管理。

 徹底して水が洞窟に直接流れ込まないようにし、洞窟周辺は湿地から干拓として、更に念を入れるように、水による計略対策として、塹壕を幾重にも張り巡らせ、それを水路としても活用。

 本来の塹壕としての使い方と、水攻め回避の水路としての二役。


 要塞周辺は、土塁に加えて、櫓と回廊を囲うように、五メートルほどの壁も建造。

 水の流れを管理。水門と砦。塹壕兼対水攻め用の排水路。土塁と壁の二重の防壁。

 

 更に洞窟と山肌を貫通させて通路を通し、山中にも山城を建造。

 洞窟どころか山全体が要塞となるわけだ。


 拡大の余裕があるなら、リオスを城下町として、この洞窟からリオスにかけても城壁を築き、王都に続く巨大で強大な城郭都市の構想も視野に入れる先生。

 都市造りが楽しみなようだ。


「と、話が脱線しましたね。私が言いたいのはこの洞窟がある山の形を聞いていたのです」


「どうやって俯瞰から描いたとかでしょうか?」

 飛行魔法が可能なら簡単だろうけど、この地図の元になっている元々の地図でもこの洞窟はこの形状との事。

 測量技術によるものらしい。

 測量によって山の形状を地図に記録したのは、今よりも遙か昔の事だそうだ。

 この世界にも伊能忠敬みたいな人がいたんだな。


「主……」

 俺が山の形をさっきから口にしないもんだからって、落ち込まないでくださいよ。

 ベルが萎縮するくらいの怒りを向けてこないのはありがたいですけど。

 ええっと――――、どうしても言ってもらいたいようだから、ちゃんと地図を目にして――――、


「あれですかね。凸のような形状ですよね。カタカナのトのような」


「そうです! ぼくの字なんです」


「……はい」

 PMCをスラスラ~っと言えるんだから、そこはカタカナのトをそのまま受け入れればいいと思うの。

 山の形状に何か強い思い入れがあったようで、先生は少年を思わせるキラキラの瞳を更に強めて俺を見てくる。

 とにかく何か言いたくてウズウズしているご様子。

 なので――――、


「どうぞ。俺の聞く体勢はバッチリです」

 促せば、手の甲と掌を合わせた、中国の文官なんかがする拝礼を俺へと行う。


「この地図を目にした時、天から雷が私に落ちてきたのかと思うような強い衝撃を受けました。同時に要塞名も降臨したのです」

 なんと……、前置きがあるっていうね。

 形状から、この要塞は正に俺たちのギルドの為にあるとまで言い出す。

 俺は疑問符を浮かべるしか出来ないが、この山の形状は先生には金槌に見えたそうだ……。

 まあ、見えたんだろう……。

 俺には何とも言えないが。見えたそうだ。


 そして、俺たちのギルドの名は雷帝の戦槌。

 戦槌。即ち、戦う金槌。ウォーハンマー。

 山の形状は金槌。ギルドも金槌。そこに運命を感じ、ゲッコーさんに現代の知識やらファンタジーも教わったのか、口を開いた先生は、


「トールハンマーと名付けたいのですが!」

 元気のいい声。

 応接室は高い天井だが、声がよく反響した。

 雷帝の戦槌というギルド名が、俺の名前である亨がトールとなり、北欧神話の雷神トールに発展して、トールが持つ金槌の話からギルド名が決まったんだよな。

 で、初めて手に入れた拠点ということも記念すべき事であり、且つ形状が金槌のようだから、運命を感じざるを得ないと興奮しているのが、対面しているイケメンさんなわけだ……。


 ギルド名の語源になった雷神と、俺の名前。

 記念すべき初の拠点となれば、とっておきの名前を付けないといけない。

 ――――で、トールハンマーってわけですよ。


 なんでしょうね。聞かされる俺は、恥ずかしくて背中がむず痒いんですが……。

 顔も妖怪・朱の盆みたいに、真っ赤になってないでしょうか?

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