PHASE-1154【噴き出るのが血じゃないだけマシ】

「再会の長話もいいけど、そろそろ始めましょうか。国はゆっくりと衰退させ、それを眺めるのが我が種族のやり方だが、お前は私が手ずから殺してやる」

 やっぱり殺意を回避するのは無理か…………。


「私を落胆させた罪は、永劫を思わせる激痛を与え続けてからの死で完結させてやろう」

 こわっ……。

 国はゆっくりと衰退させるとか言うだけあって、俺もさんざっぱら痛めつけて殺すんだな……。


「弱者相手に死にかけるなど大恩ある司令に対しての侮辱! そのゴミのせいで司令の偉大なる強さがかすれてしまうのは許されない! お前を瀕死に追いやったというその弱者もいずれ私が殺してやろう」

 来る!

 美声から発せられる怒気と共に姿が消える。

 アクセルを使用して咄嗟に前へと移動。

 後方からは暴力を纏った風切り音がしっかりと耳朶へと届いてきた。


「良い判断で回避するわね」


「何回も見ているし、俺も似たようなもんが使用できるようになっているからな。使用できるって事は対策も出来るって事だ」

 なんて……、余裕もないくせに余裕を纏って返す。

 まあ体は正直なようで、寒空の下だというのに、体中の毛穴が馬鹿になったのかと思うほどの汗が噴き出していた。


「にしても流石だよ」

 体を反転させてデミタスを見つつ独り言ちる。

 レッドキャップスの特徴といえば――敗者の鮮血ビクターマーク

 常時ビジョンを発動しているような力を有した深紅の瞳。

 そして――縮地。

 

 本来の縮地ってのは地脈を縮め、移動する距離を短くする仙術らしいが、この世界の縮地は使用した者を一瞬で目的地まで移動させるというもの。

 短距離のアクセルと違い、長距離の移動も一瞬で可能とするアクセルの完全上位に位置するチートピリア。

 

 まったくよ……。


「そのピリアを当たり前のように使用する連中とよくもまあ戦ったもんだよ……」

 いま思えば、少数で魔大陸の要塞まで攻め込んだんだからな。

 成功したから奇跡が起きたって言えるけども、端から見たら蛮行だったな……。

 蛮行が奇跡となったのは、俺の側に強者がいたからなんだけど。


「あの時と違って、今回お前は一人だけどね」

 俺の心を読んだかのように言ってくれるね。

 余裕綽々とばかりにフランベルジュを担いつつ、蠱惑な笑みを向けてくる。

 絶対的な危機的状況だってのに、美人の笑みに心がわざわざ反応するんだからな……俺。

 

 にしても片手で軽々と……振り回すもんだ。

 リンファさんの姿の時は重そうにしていたけども、本来の姿に戻った途端、自分の身長よりも長い得物を棒切れを振るうように扱うんだからな。


「膂力が凄いようで……」


「これも司令の力を継承したおかげ」


「今のが当たっていたら、間違いなく上半身と下半身が離れ離れだったぞ」


「それはない」

 きっぱりと否定された。 

 次には蠱惑さが消え去り、かわりに不気味な嗤いを浮かべると、


「深手を負わせる程度の手加減だったから。そしてご要望なら回復魔法にアイテムだって使ってあげるわよ。さっきも言ったけど、お前には激痛を何度も与えたいの。弄んで殺したいから」

 ――…………。

 ――……。


「サイコパスめ!」

 大体、深手を負わせる程度の手加減って、言葉としておかしいよね。


「恩人を目の前で奪われたのだから気が触れるのも当然でしょう。まあ、それ以前に私は気が触れた存在になってしまっていたけど――も!」

 再び縮地――ではなく真っ向から攻めてくる。

 デスベアラー戦ではゲッコーさんが主にデミタスに対応してくれていた。

 その時のデミタスは魔法を多用してサポートするタイプだったように見受けられたが――、


「そら!」


「ふぅ!」

 デスベアラーも驚くであろう馬鹿力による攻撃は、フランベルジュの上段からの一振り。

 残火の間合い外からの一振りは速い。

 右手だけで握られたその一振りは、脇を締めるなどの技巧はなく、ただの力任せ。

 力任せといってもここまで膂力が凄ければ、技巧など必要ないって思わせてくる一撃。


「今のをよく躱す」


「ありがと――なあ!」

 正面に向けていた体を横へ向け背を反らしながらの紙一重で回避しつつ、目の前の強者の圧に対して負けじと足を一歩踏み込ませる。

 残火の間合いに入ったところで――、


「ちぇぇぇい!」

 やや猿叫気味の裂帛の気迫と共に、抜き胴にてデミタスの胴を狙う。


「無駄」


「……うそん……」

 左手で簡単に横薙ぎを受け止めた……。

 ――まずい!

 即座にバックステップで間合いを取るのとほぼ同時に、正面から轟音。

 音源はフランベルジュによる斬り上げによるもの。

 剣が生み出した風圧が鼻をかすれば、ここでもどっと汗が噴き出す。

 さっきから汗の噴き出し方がハンパないって!

 口内は渇くし、汗は噴き出すし、どんだけ俺から水分を奪ってくるプレッシャーだよ。

 

 ふぅぅぅぅ――と、長い呼気を一つ行い呼吸を整えてから安堵。

 手で受け止められたけども、掴み取られなかったのは幸運だった。

 だがしかし……、


「手は大丈夫なのかよ……」

 残火を受け止めた左手の状態を問えば、


「心配ご無用」

 言いつつしっかりと左手を見せてくる。


「泥パックで白魚のような手ってわけですか?」


「何を言っているのやら」


「冗談」


「が、言えるほどの余裕はあるわけね」

 ――……ないよ。

 簡単に剥がれるメッキまみれの強がりだよ。

 最近は冗談を言えるだけの余裕ある戦闘も確かにあったけど、今回のように明確な実力差がある相手となれば、ただの空威張り。

 張り子の虎ってやつだよ。

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