PHASE-40【集結準備】

 命を奪ってしまった事に悩んでいたけど、それ以上に精神が擦り切れていたのか、それともゲッコーさんの発言に救われたのか、六時間ほど眠っていた。

 小屋から出ると、朝日が昇り始めている。

 中世に似たこの世界は、日の出とともに活動して、月が出る頃には眠りにつくようで、住人の皆さんはすでに行動していた。

 勝利を得たことで安堵しているのか、表情は明るい。

 農耕はまだ始まっていないけど、備蓄している食料を使って、炊き出しの準備を進めていた。

 子供たちも、未だ瓦礫となっている建物から、使えそうな物を拾い集めて大人たちの手伝いをしている。

 こうやってゆっくりと、住人の現状の営みを見るのは初めてだ。

 ギリギリの生活だってのがよく分かる。

 忙しなく動く人達を見ている中、俺の背後に近づいてくる足音。

 ――振り返ると、ベルだった。


「おはよう」

 昨日の今日なので気が引けたのか、俺は小声になってしまう。


「ああ、おはよう」

 対するベルも小声だった。

 なんとも気まずい雰囲気。いたたまれない……。

 さっさとここから立ち去ろうとすると、


「待て」

 呼び止められる。また何か言われるのだろうか……。


「まあ、その。なんだ」

 目を合わせないで明後日の方角を見てる。何だろうか? 辛辣なことを言われるのか、不安になるんだけども……。


「……すまなかった。昨日は言い過ぎた」

 典雅な一礼で謝罪された。


「いや、うん。いいよ」

 まさかの謝罪に面食らってしまったけど、何とか返せた。

 高潔ゆえに厳しい存在だけど、俺がいいと言うと、なんか照れてるのかモジモジしていて可愛い。

 普段のきりりとした美人ではなく、乙女モードみたいな感じだな。

 そこを指摘すると怒られそうだから、言うのは止めておく。


「私はこれから警邏に出る。お前は人々の手本になるように励め」

 紅潮しながらそう言うと、そそくさと俺から去っていく。

 やだ、可愛い――――。 


「よっしゃ! バリバリやってくぞ!」

 ベルと仲直りしてテンションがよい方向に上がった俺は、早朝から昼まで、木刀を手にして素振りをしていた。

 こんなに長時間、素振りをしたのは、剣道に真面目に打ち込んでいた小中のころでもないくらいだ。

 テンションは偉大である。

 殺めた事に対して、何かをやって忘れたいってのもあるんだろうけど、そんなのも全てひっくるめて素振りに全力を注いだ。

 懸命になって素振りをする俺に興味を持って、兵士や子供たちが眺めている。

 衆目に晒されるのは恥ずかしかったが、手本になれってさっき言われたしな。

 なにより、生き残る為にも、鈍った腕を鍛えあげることが大事だ。

 効率のいい鍛え方となると、強い人に師事してもらうってのが、ゲームとかでもセオリー。

 剣術ならベルだろうが、今の俺には荷が重すぎる相手だ。

 修練になる前に叩き潰されてしまう……。



「ばりばりやっていきましょう」


「ああ、はい。それは俺が言いました」

 素振りを終えて小屋に戻れば、先生がやる気である。


「で、何をバリバリと?」


「いやいや主、何のために流言飛語を飛ばしたと思っているんです?」

 流言飛語? わざわざ反撃に出るとかうそぶいてた事かな? 現戦力は未だに三百ほどだ。

 こっちは打って出るって事は出来ないけども、先遣隊が二千ほど攻めてきたから、先生の策ははまってるということだろう。

 バリバリ頑張るとなると、これから来るであろう敵本隊にって事なんだろうか……。

 テンションは下がるな……。大軍なんだろうし。

 映画では三百の兵が、百万の敵と戦ったってのもあるけども、現実的じゃないよな。

 現実離れした猛者はいるけども。


「今回の戦いは各地にて抵抗している人々を集めることです」

 色々と考えてたら、俺が分かっていないと判断したのか、先生が答えを言ってくれる。

 俺の考えとは違っていたので、口にしてくれて助かります。

 しかし、集める? どうやって?

 ここでも疑問符だ。すると先生は解説してくださる。

 この世の中で最も早く伝わるのは、人々が口にする言葉だそうだ。

 一人が耳にし、その一人からドンドンと拡散していく。SNSみたいなものだ。

 それも内容が人類にとっての希望なら、とくに効果が大きいとのこと。

 王都が侵攻され、陥落も時間の問題といったところで、突如として現れた奇跡の力を持つ者が、たったの数人で大軍を撃退した。

 その奇跡の存在が反攻すると檄を飛ばせば、人々は希望を抱き、敵は畏怖する。

 城壁の穴から出て行ったスパイによって、こちらの情報を魔王軍が得る。

 魔王軍が侵攻行動をとることで、なぜそう動くのかと、王都外で反抗している人々は知ろうとする。

 人の口に戸は立てられない。必ず反抗勢力も、王都の情勢を知ることになる。と、言い切る先生。

 池に投げた石が波紋を作り、次第に広がっていくように情報は広がっていき、近いうちにこの地へと人々が希望を抱いて集まってくる。

 更には、噂には尾ひれがつくもので、俺たちの奇跡の力も誇張されて広がっていき、人々は更に大きな希望を抱くだろうとの事だ。

 今回の先遣隊を容易く駆逐したことも、敗走した敵兵から魔王軍に広がり、その噂は、反抗する人々の耳にも入る。

 俺という奇跡の存在の信憑性が、人々の心底で確かなものとなる。と、説明を終えた先生の表情は明るい。

 きっと、魔王軍のスパイやら敗走兵が、自分の考えどおりに動いてくれているからだろう。

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