PHASE-39【苦悩と救済】

「――――食事はどうされます? ゲッコー殿がれいしょんを用意しております」


「ああ、はい。いただきます……」

 俺が我に返るまで、皆、気をつかってたんだろうけど、流石に夕暮れまで突っ立てたから、先生が代表して話しかけてきたといったところか。

 ベルとが一番つきあいが長いのに。つれないな……。

 ――――いつもの城壁内の詰所ではなく、今回は西門近くにある小屋にて休息。

 俺たちに使ってもらう為に、住人が掃除してくれたそうだ。

 中央にある古くさい円卓と椅子。

 腰をおろせば、椅子から軋む音。

 ふぅと、一呼吸する。ここでようやく頭の回転が正常になってきた。

 今回も活躍したからと、王城より謁見の間にて、王様よりお褒めの言葉をと、ナブル将軍が伝えに来たそうだが、先生が後日にと返せば、将軍も今回の戦いで、俺たちも疲れていると気づかったようで、了承して帰ったそうだ。

 室内を見渡す――。

 ゲッコーさんが枝を折って暖炉にくべ、枝についた火をマッチ代わりにして紫煙を楽しんでいる。

 ベルは隅っこに椅子を置いて座り、この世界の本を読んでいる。先生がこの世界の成り立ちを知りたいとの事で、王城から運ばせたようだ。

 先生は、偽りなく歴史が記されていれば助かると口にしながら、本紀、世家、列伝などの項目から構成された紀伝体の歴史書を堆く積んで、俺と対面する位置で読みあさっている。

 ベルは先生の手伝いをしているようだ。


「食え、今日も変わらずレーションだ」

 煙草を咥えながら笑みを見せつつ、ゲッコーさんから手渡される。

 受け取った自分の手を目にすれば、刀を握っていた事、斬った時の感触が蘇ってくる。

 徐々に手が震えだす。

 手渡されたレーションを床に落としてしまった。


「う……」

 胃の中身が逆流しそうになったところで、ゲッコーさんが背中をさすってくれる。

 ――……殺したんだよな……。俺が、あのゴブリンを……。

 人語を口にした事で、亜人ってカテゴリーで見られなくなってしまった。

 モンスターであろうとも、命を奪う行為……。


「はぁ……はぁ」

 息が自然と荒くなってしまう。

 魔王を倒す。最初はそれで元の世界に帰れると思っていたけど、こんな状態になってしまう俺が、これから先、命を奪って、魔王を討伐するということが出来るんだろうか……。

 目の前の人物たちは、なぜに簡単に命を奪えるのか……。

 ゲームのキャラだから? ゲームだから命が軽いって事なのか? でも、ここは異世界であって、ゲームのような仮想世界ではなく現実だ……。


「情けない」

 嘆息と共に、パタンと本を閉じる音。

 音の方向に目を向ければ、震える俺に対して、ベルが侮蔑するかのような視線で突き刺してくる。

 椅子から立ち、長い足の長身から見下ろされる迫力に、気圧されてしまった。


「あの程度の事をいつまでも引きずるな。今後も戦いの中に身を投じれば、同様の事が当たり前のようにあるのだ。毎回こんな風になるなら――――」


「うるさい!」

 俺自身も驚くくらいの声が出た。

 それが原因で、小屋の中はしじまとなる――――。


「簡単に命を奪えるわけないだろう」

 継いで口が開く。


「抵抗感に支配されても、戦わなければ死ぬだけだ。そうなれば、お前の周囲にいる者達にも累が及ぶ。その責任はどうするのだ」

 分かるもんか! 分かってたらこんなに苦しむかよ! 理科の授業でも、フナの解剖にすら抵抗があって出来なかったのに、そんな俺が命を奪ったんだぞ。

 しかも、なんで人語を喋ったんだよ……。

 余計に罪悪感を感じるじゃないか…………。

 座ったまま体を丸めて、ベルとの会話を拒もうとする俺。


「なんだその態度は、言い返すことも出来ないのか。お前は本当に情け――――」


「いい加減にしろ!」

 迫力のある、低音だけど小屋全体に響くゲッコーさんの怒鳴り声。

 ゲーム内でも普段は冷静で大声なんて出さないが、時折、大声で叫ぶようなシーンは、プレイしている俺も驚いていた。

 それが現実での大音声となれば、威圧感はゲームの比ではない。

 丸めていた体を矢庭に起こしてしまう。

 視線の先では、ベルも俺と同じく驚いていた。

 一瞬で大軍を灰燼に出来る最強の存在も、自身に向けられた威圧に、体をビクリと震わせていた。

 再度しじまが訪れる。

 ゲッコーさんは大きく呼気を行うと、


「トールの精神状態は正常だ。ベルヴェット、君も軍人。初めて命を奪った時、何の感情も湧かずに、次の戦いでも命を奪えたのか?」


「そんなことは……」


「悩み苦しんだ。なんなら夢にも見るんじゃないか? 俺は今でもそうだ」

 ――小さく頷いて、ベルは返している。

 それが当然なんだとゲッコーさんが諭す。


「もしトールがなんの感慨も湧かずに、命を奪い続ける事が出来る人間だったとしたら、俺たちの脅威として現れている存在だろう。だがそうじゃない。苦しむことは恥じゃない」


「その通りですな。だからこそ、私は主を主と呼ぶのです」

 先生もゲッコーさんに賛同する。

 軍師は謀略をめぐらせ、間接的であっても、多くの者の命を殺める。それを自覚し、正面から向き合う。策がはまる事で勝利を手繰り寄せる笑みは浮かべても、愉悦に浸り、盤上で行われているような遊戯感覚で戦を行う事は、可能な限り回避しなければならないと、常々、心がけているそうだ。

 それでも、高揚すれば楽しさが心の中に芽生え、笑みを浮かべてしまい、戦が終わればそれを後悔する日々であると、吐露する。

 二人の発言に、ベルはただただ首肯で返すだけ。

 ベルも経験した苦悩を思い出しているのかもしれない。


「命を奪ったことで苦しむトールは、信頼の出来る人間だ」

 俺が落としたレーションを拾って、笑みを見せつつゲッコーさんが再度、手渡してくれる。

 ゴツゴツした手。戦う者の手だ。命を奪う手ではあるけども、温かく、安心感を与えてくれる手。

 発言に対しても泣きそうになってしまう。


「いままでも相手を前にして、倒せる好機を得ても、躊躇した事があったんじゃないか?」

 ここに到着してすぐに、オークと戦ったけど、喉元に突きを打ち込む事が出来なかった。

 それを思い出して頷く。


「だが、女の子に切っ先が向けられた時、直ぐさまその脅威を排除した。砦の時もそうだった。襲われそうになった女性の前に立ち、守ろうとした。自分のことでは躊躇が生まれても、人のためとなれば行動し、力を行使することが出来る。間違いなくお前は勇者だよ」

 ゲッコーさんのこの発言で、俺の涙腺は決壊する。

 そりゃこの人に付き従う人が増えるよ。カリスマに加えてこの優しさだ。

 刀を振り、命を奪ってしまったけど、ゲッコーさんの一言一言に救われた気分だ。

 本当にありがたかった――――。


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