PHASE-1110【恨みの壁は厚くて高い】

 で、イヤホンマイクを俺に渡すって事は――、


「俺も遊撃役に回ろう」


「お願いできますか」


「ああ任せておけ。美人な姉はしっかりと見といてやる!」

 何とも力強く言ってくるね。

 横ではシャルナがおもしろくなさそうな顔でゲッコーさんをじっと見ているけどね。

 ちゃんと美人姉妹って言ってやればいいのに。戦闘経験が浅いリンファさんを心配するのは当然って事なんだろうが。


「了解です。お願いします」

 隠密の達人が遊撃役になるのは心強い。

 交渉に侵入。色々な選択肢が可能になるだろうし。

 まあ、上手くいけばって事だけどな。

 初手からぐずぐずだからな……。ここを転換点としたいところだよ。


「サルタナもついていけ」


「お断りします師匠」

 ――……うむそうか。そうだな。

 ここに残るよりゲッコーさん達と行動した方が危険を回避できるとも思うけど、ゲッコーさんが本気で移動するとなれば、ついて行けずに足手まといにもなるかもしれないからな。

 ならば現状のままがいいか。


「分かった。ただし後ろにいろ。絶対に前には出るなよ」


「はい!」


「コクリコとギムロンはサルタナのカバーを頼む」


「いいでしょう」


「任せろい」

 隊伍を新たに組み直す。

 ゲッコーさんとシャルナがリンファさんを連れてこの場から離れていく。

 ミストウルフ達の追撃を警戒して遮るように俺が立ち塞がるけども、追走の動きはない。

 俺の存在というより、ゲッコーさんが狼たちに睨みを利かせていたからだろう。

 野生の勘で戦ってはいけないと判断したようだ。


「さて、後は向こうの出方だな――」

 増援待ちならこちらはその増援と交渉したい。


「ん? おいおい……」

 ゲッコーさん達が別行動へと移行してこの場からいなくなった途端にうなり声を上げてくるミストウルフたち。

 明らかに待機状態から攻撃へとシフトチェンジしたように思える。

 身を低くして構える姿勢はこちらへと飛びかかってくるつもり満々。


「リン」


「お任せ」

 命を奪うのは駄目。となると可能な限りダメージを与えないというのも大事だ。

 となれば、魔法が一番いい。

 リンに頼めば、


「マッドバインド」

 の一言でミストウルフたちの足元から土や木の根が隆起してロープの形状となると、蛇のように鎌首を上げて体に絡みついていく。


「いけそうか?」


「問題ないわよ」

 リンが簡素に返す。

 ――確かに問題ないようだった。

 土や木の根だからてっきり物理的な縛りかと思ったけども、しっかりと動きを封じている。

 魔法の効果によるものだから霧状になって逃げ出すことも不可能だという。


「流石だな」


「こんな魔法で流石と言われてもね。しかも数頭には回避されてるし」

 センター奥のリーダーと思われる狼を中心とした数頭はしっかりと回避していたのは事実。

 知能の高さに裏打ちされた動きだろう。

 なんたってリンの魔法を躱すのが数頭でもいるんだからな。


「いや――バインド一つでこうなるとはな。調教されているというミストウルフをこんなにも簡単に。やるな」

 と、ここで脳内にしっかりと記憶している声が樹上からする。


「ネクレスさん!」


「サルタナ、なぜこんなところにいる。村に帰れ――と言いたいが、そのメンツからしてお前はそちらに協力しているようだな」

 やはりこの人か。

 ダークエルフのリーダー的な存在だと思われる人物であるネクレス氏。


「勇者、警告はしたはずだぞ。この国から出て行けと」


「警告はされたけど、その訳を教えてくれなかったもんだから、それが気になって残っちゃいましたよ。今回の行動がその訳って事ですか?」


「そうだ。今まで虐げられたのだからな。立ち上がらせてもらう!」


「平和的に出来ないんですかね?」


「平和的にさせてくれなかったのはヴァンヤールである氏族だろう。王族には少なからず恩もあるがな」


「なら」


「残念だが恩以上に我々は恨みが強い。強くなりすぎた」

 長い時の中で虐げられたんだから、そら恩よりも恨みが強くなるのは理解は出来る。

 いまさら話し合いってのも難しいだろうけど、樹上に立つネクレス氏は話が出来るタイプと判断していい。

 少なからず恩もあると発言するって事は、まだその恩を感じているということだからな。

 そこを交渉の糸口としてつかみたい。


「ここは話し合いによる解決をお勧めします」


「その話には応じられない。次期王を拉致したと考えているのだろうからな」

 

「拉致ではないと?」


「せめてもの温情だ」

 ――……なんのこっちゃ?


「つまりは、戦火に巻き込まないために自分たちが預かっているという事だろうか?」


「そうだ美姫殿」

 あらら、ダークエルフの方々もベルの事をそういった立場で見てんだな。


「なんだ?」


「いえ何でも」

 有名になられて。

 でも戦火に巻き込まないか。

 発言からして戦う気は満々のようだし、その中には氏族に対する恨みだけでなく、王族に対する恩というのもしっかりと残ってはいるようだ。

 でもそこを話題にしたところで、ヴァンヤールに対する恨みというものが勝っている。

 交渉するにしてもこの部分が大きな壁となって阻んでくるね……。


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