PHASE-403【腰振ってたんかい……】

 ――――というよりもだ、


「一言くらい言ってくれてもいいじゃないですか!」

 ようやく俺はここでしっかりと両足で立ち上がる。

 怒り心頭と共に。


「お前は純粋だから、芝居とか苦手そうだからな。黙っていた方がいいと思ってな」

 純粋って言葉を使えば、俺がじゃあ仕方ないですね。って言うと思うんですかね? 

 いくらバイカル湖のような綺麗で広い器でも、プライベートを覗かれて許してやるほど、俺は寛容ではないですよ。

 大体いつしかけたんだよ……。


「…………!? あ! あの時か!」

 この屋敷での宿泊初日の夜。俺の部屋からゲッコーさんが出てきた。

 あの時は部屋を一応チャックしてくれたと言っていたが、実際は監視カメラを仕掛けていたんだな。


 ――――!?


「あ、だからベルが夜風に当たってこいって言ったわけだ。あの時からゲッコーさんと連係してたな。バルコニーに来たと思えば、今度はいつまでこんな所にいる。とか言ったもんな。自分から行ってこいって言ったくせに、設置がすんだから、発言もすげないのに変わったんだな」


「う、ううん……」

 言葉を詰まらせるなよ。いくらベルでも俺のプライベートを覗くなんて許さないぞ。

 酷い! 酷すぎる!

 覗くなら恋人としてだ! 

 常に同じ部屋に恋人としているならいいけど、恋人でもないのに覗くのは許さないぞ!

 

 絶対に許さない!


「と、ところで、なぜトールはベッドで激しく腰を振っていたのだ? 寝ていたようだが、ああいう癖なのか?」

 ――…………。


 ――……許してください…………。


 上擦った声で話を誤魔化そうとしているようだが、とんでもない爆弾を投下してきたな。

 

 ちょっと待ってくれ。ゲッコーさんに協力している時点で分かっていたけど、監視カメラの映像は、ベルもしっかりと目にしていたんだな……。

 腰振ってたのって、あれかな……。エロい夢を見てた時の事なのかな……。

 純粋な女性であるベルは、腰振ってる意味が分かってないんだろうね。

 夢の中では腰を振る状況には至ることはなかったけど、自然と振ってたんだな……。

 死にたいくらいに恥ずかしい……。いや、一回、死んでるけどさ。


 ゲッコーさんに目を向ければ、腰を振っていたのを監視していた事に、罪悪感を感じたのか、俺と一切、目を合わせてくれない。


「ランシェルちゃん。俺に何をしてたんだ?」

 恥ずかしいので、ここはランシェルちゃんに話を振る。

 ――……返事はない。

 なぜ返ってこない。

 腰を振っていたという恥ずかしさよりも、今はランシェルちゃんの沈黙が気になる。

 そして、聞きたくないことを聞く。


「俺の命を狙ってたり……する?」

 だからこそ、この二人がこうやって動いているわけだし。この二人がこうやって動くとなると、十全で間違いがないという確証があるからだろう。

 ――……やはり返事は返ってこない。


「沈黙は、俺の発言が正しいって事でいいんだね……」

 寂しい声音になってしまう。

 信じていたし、俺の中で素敵な女の子と思っていたから、心に来るものがある。

 俺の声に悲しさが混じっていたことに、いたたまれなくなったのか、ランシェルちゃんの体が小刻みに震える。


 頭の中は整理が出来ない状況だけど、こうなってしまうと、これは侯爵が俺を狙ったと考えるべきなんだろうな。

 ――――思案している最中、バンッと大きな音を立てて、寝室のドアが開かれる。と、同時に、


「ランシェル!」

 月明かりのおかげで、闖入者の姿をしっかりと捕捉できた。

 コトネさんだ。

 

 入るやいなや、コトネさんは次の動作に移る。

 右手を大上段の位置まで振り上げた。

 続いてその手が、床に向かって勢いよく振り下ろされると、ボンッと破裂音がし、濛々と煙が寝室を支配していく。


「煙幕か」

 冷静に状況を確認し、ゲッコーさんは直ぐさまハンドガンを取り出すと、有無も言わずに窓ガラスに向かって数発発射。

 サプレッサーからのパシュパシュという銃声に続いて、ガラスの割れる音。

 寝室のドアが開いた状態で、窓に穴が空いたおかげで風の通り道が出来、煙幕が外へと流れていく。


「とりあえず息は止めておけ」

 毒煙の可能性もあると判断するゲッコーさん。

 外に抜けていっているが、未だに室内には煙が蔓延しているから、身を低くして息を止める。

「逃がしたか」

 煙の中で床に伏せながら呟くベル。

 逃がした割に、声には苛立ちや焦燥などは含まれていない。

 

 ――――程なくして煙が晴れた頃には、ランシェルちゃんとコトネさんの二人の姿は、当然ながら寝室にはなかった。

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