PHASE-905【百害あっても一利あれば――】
「押さないでください」
「ええい、うるさい!」
小悪党らしい行動だ。往生際が悪い。
盾にする商人をこちらに押し出すようにしつつ、自分は逃げるタイミングを見計らっているといったところだ。
といっても、俺とカイル、マイヤに包囲されてんだけどね。
小悪党による芝居も堪能させてもらった事だし、格好つけさせてもらおう。
「成敗」
言ってみたかった台詞を口に出せば、二人が待ってましたとばかりに動いてくれる。
俺の発言を耳にした途端、男爵が商人を押し飛ばして反転し、駆け出す。
押し飛ばされた商人はカイルの段平で叩かれ、逃げる男爵はマイヤの撓る鞭が首に絡みついて逃走は数歩で終わり。
ぐっと腕を引くだけで鞭はキュッと締まり、男爵は呆気なく膝から崩れ落ちた。
成敗とは言ったけども、
「死んでないよ――ね?」
流石に貴族の命を簡単に奪うのも問題だろうからな。
「優しく叩いただけですよ」
「軽く締め落としただけです」
破顔とクールな表情から返答。
暴れる将軍様の御庭番は成敗で命を奪うからね。
そこだけは時代劇とは違って不殺ですんでよかった。
――。
「起きてもらおうか」
「ん……? ぐぬぅ!? ブホッゴッボ!」
マイヤが手にした小瓶を気を失った男爵の鼻へと近づければ効果は抜群。
矢庭に立ち上がりむせて苦しんでいる。
「やあやあ起きたね」
「ごうじゃくざま!」
涙に鼻水を盛大に垂れ流すおっさんの顔は、気持ち悪いなどを通り越して不憫。
小瓶の中身は相当に刺激的なにおいのようだ。
「おやおやおや~。俺の顔は平凡で覚えてなかったんじゃなかったっけ?」
むせ返るのが治まるまで待てば、
「そ、そのアレは……ですね……」
と、弱々しく返してくる。
「詳しいことは別で聞かせてもらいましょう。そう! 貴男の本邸でね!」
そこはこっちにとってホーム。腕巧者が大勢そろっている。
男爵からしたら自分のシンパはおらず、抵抗も逃げることも出来ないという絶望的な場所。
「だが俺も鬼じゃない。公爵であって勇者ですからね」
「では!」
「素直に俺達の考えに従ってくれるなら、今よりも収入は減るでしょうが、地位は現状維持を約束しましょう。受け入れないで全てを没収されてゼロになる人生よりはましじゃないでしょうかね」
「本当でござい……ますか」
この地の領主に逆らったのに破格の恩赦。驚きを隠せないでいる。
普通は族誅。よくて男爵のみ斬首だろうからな。
破格の恩赦であるが故に胡散臭いとも考えているようで、疑いから身構える。
まあ、当然のリアクションだよな。
「身構えないでいいよ。俺達はこの町を見て回った。裏の裏までね」
「う……」
裏の裏という発言が何を意味しているのかは理解できているようだ。
いくら奴隷売買がカリオネルの馬鹿によって許可されていたとはいえ、本来は禁止行為。
金という欲にかられて許可していた事は、先ほどの部屋でのやり取りでも分かる。
奴隷による商売が駄目となったことで次の商売を考えていたようだが、俺達の登場でそれも頓挫したわけだ。
流石にベルセルクルのキノコを大陸に流通させるとか看過できないからな。
叩けば埃が大いに出る人物なんだろう――――が、
「この町を見たからこそ分かることもある」
「はい?」
「まあなんだ。確かに駄目な商売を許可しているけども、この町全体は活気がある。町の統治者の政治力。もしくは人材を適所に割り当てる能力が高いと判断するべきだろう」
「つまりは私の事でしょうか」
「あんた以外いないだろう」
「ありがたきお言葉」
喪服の集団が集結していたけども、それを事前に押さえ込まなかったのも自由を尊重させたと見るべきかな。
それを問うてみれば、
「私の耳に入った時はすでに王達が町の門の前まで来ておりまして、止める事が出来なかったのです。普段着の下に着込んで沿道に立っていたのでしょうな。沿道警備も隙を突かれたといったところでしょう。まあ分かった後もやめさせませんでしたが。子供の投石が王に当たったというのを後で耳にした時は、流石に肝を冷やしましたがね。今の状況ほどではありませんが」
結構ハキハキと喋るタイプだな。
小悪党タイプだからオドオドするのかと思ったけど、そうでもないようだな。
「止めさせなかったのはやっぱり自由の尊重か?」
「まさか。自由を尊重するような思考を持っているなら奴隷売買など許可しませんよ」
「お、そうだな」
悪びれることなく言うじゃねえか。
「喪服の抗議を止めさせなかったのはただの嫌がらせです。私はカリオネル様を敬愛しておりますので」
「へ~……」
はっきりとした物言いに少しは評価点が上がったけども、敬愛してはいけない人物に対して敬愛って単語を使用した時点で、呆れて言葉も出ねえよ……。
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