PHASE-226【湿地帯の主】

「先を急ぎましょう」

 小舟を引くクラックリックが、小舟から細長い革袋を取り出し、手にする。

 革袋から現れたのは弓だ。

 小舟を利用して弓を撓ませてから弦を張り、右手に革製のゆがけを装着。

 張った弦を引けば、ブゥゥゥゥゥンっと音を奏でる。


「どうした急に?」

 明らかに何かに警戒しているよな斥候担当。


「この辺りには、駆け出しでは太刀打ち出来ないぬしもいます」


「主?」


「ウォーターサイドと呼ばれる悪食な巨大ワームです。人間なんて一飲みですよ」


「こわ!」

 出合いたくないヤツだな。俺はコクリコに拳骨をくらわせたいだけだ。モンスターと戦うなんてリスクは負いたくない。


「好天の時は大人しいのですが、雨が降ると活発に行動し始めるのが特徴です」

 なるほど。だから準備してんのか。


「なら、急ごう」

 さっさと洞窟に行って目的を達成しないとな。

 

 ――――雨脚が更に強くなってきた。

 こんな時のマントは便利である。

 フードを被れば足はともかく、体に水が当たって、体力を奪われることはない。


 各自が装備している物は防水仕様でもあるようで、頭をフードで隠せばいいだけのようだ。

 これだけのちょっとした動作で、冒険に慣れているのが分かる。


「足元も更に悪くなってきおった」

 ギムロンの言うように、泥濘に足が深く沈んで転倒しそうになる。

 それに耐えつつ俺たちは進む。

 

 俺とクラックリックが先頭を歩き、ギムロン、その後ろをタチアナが必死になって付いてくる。

 必死なのがよくないな。

 ここはペースを落として、最後尾に合わせないといけない。


 協力タイプのオンラインゲームでもそうだ。野良なんかでやってると、空気も読まないで先行して、最後尾を置き去りにするプレイヤーもいる。

 最悪なのは、得意げに先行して、さっさとダウンするプレイヤーだな。

 こういう場合は、時間はかかってしまうけど、最後尾と足並みを揃えた方が堅実なんだよな。

 

 ちょっとペースを落とそうと口にしようとした時、後方を見る俺の目は、タチアナの更に後ろを凝視する。


「ん?」

 さらに目を細めて凝視。

 ビジョンを使うほどではない距離で、ゴポリと泡が一つ。

 あの辺りは深みになっているからと、俺たちは迂回した場所。


「クラックリック」

 呼んで、泡が発生した場所を指さす。

 指してる間にもう一つ泡が発生。

 さっきよりこちらに近い。


「これはやっかいな。ウォーターサイドです」


「こんな時にかよ。しかもバックアタックとか!」

 会話に合わせて出て来るとか、どんだけフラグ第一主義なモンスターだ。


「二人。急いで!」


「いや、ワシよりも嬢ちゃんを」

 流石は赤色級ジェラグだ。足元に悪態をつきながらも、緊急時には最後尾に移動して、タチアナの背を押して歩行の補助をしてくれている。


 押されてくるタチアナの手を俺が掴んで、位置を入れ替えるようにしてからホルスターに手を掛ける。


 新米の安全が確保できたのが確認できれば、ギムロンも反転。

 背中から自分の背丈ほどあるバトルアックスを諸手で握って、頭上で持ち上げて構える。

 ああいう構えになるのは、振った時に、柄が水の抵抗を受けないようにするためなんだろうな。


 クラックリックも弓を寝かせて、水平に構え矢を番える。

 こちらは初動が早かった。

 発見と行動が遅かったら、後手にまわった対応になり、その分、不利になっていただろう。


 俺たちが構えところでドプンとにぶい水音を立て、のたうち回るように水中から姿を現すのは、デカくて長い、泥に覆われた化け物だ。


 纏った泥を滴らせる光景は、まるで肉片が崩れ落ちているかのように見え、アンデッドを連想させる。

 滴り落ちる泥の奥から覗かせる、赤黒いひだ状の体表が不気味に波を打っていた。

 

 やはりミミズのような体節からなる、環形動物の一種だろう。

 大きさは、ミミズと比べることも出来ないくらいに巨大だけど……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る