PHASE-290【弛緩で佇む姿だが、攻めにくい】

 双方の切っ先がお互いに向けられる。

 それを合図にしたように、


「始め!」

 と言うのは、いつの間に来たのかゲッコーさん。

 横には先生もいる。

 なんでいるの? などと深くは考えない。

 考えることも許されないからな。


「シッ!」

 気迫を吐き出しながら俺は駆ける。

 余計なことに考えを巡らせていいような相手ではない。目の前の存在は。

 全身全霊で対応しないと勝負なんて出来ない。

 俺よりも強いカイルですら、容易く倒されるのだから。


 得意の上段で構える。


「確かに速いが――――」


「直線的すぎるって事だろう。分かってるさ!」

 足首の可動と体重移動。

 トロールとの戦闘後、コクリコとの戦いで培った歩法。

 即座にベルの側面に回り込むこの機動力は零戦の如し。

 ここから上段の構えにて、


「ふんっ」

 狙うはベルの手首。当たれば打撲じゃすまない。骨折だってあり得る。

 だが、ベルには本気で挑まないと当てることは不可能だろう。

 

 女性に対して全力で木刀を振り下ろせる俺。

 日本にいた時や、ここに転生したばかりの頃と違って、躊躇をしない事を覚えた。

 

 カーンっと、木管楽器を一度だけ叩いたような音が響く。

 ――――音に続くのは舌打ち。

 もちろん俺の。

 

 容易く捌かれる。


「いい一振りだ。躊躇が無かった。有ったら許していなかったぞ」

 戦いの場での無駄な手心は、腑抜けのする事とばかりにお怒りになるからな。

 渾身の小手だったが、全くもって通用しない。

 

 躊躇をしないといっても、手首を狙うのは俺の心の弱さなんだろうな。頭を狙うのが正解なんだろうが、流石にそれは出来なかった。


「もういっちょ!」

 狙うは腕。手首より当てやすい部位。

 上段より袈裟斬りにて見舞う。

 ――が、


「ぐぅ……」

 振り下ろすよりも先に、シュッと風を鋭く切る音がすれば、いつもの如く俺の左足の外側広筋に痛みが走る。


「……ぬ、あぁぁぁぁ!」

 痛みに耐えつつ振り下ろす。


「ほう」

 余裕を笑みを湛えたベルは、バックステップにて回避。

 蹴られた部分がジンジンするぜ……。

 ていうか何でだよ……。俺、いまタフネスを使用しているのに、なんでこんなに鈍痛に襲われるんだよ……。

 コクリコの蹴りでもこんな痛みはなかったぞ。あいつのは衝撃の方が強かった。

 だけど、ベルは衝撃もあれば痛みも凄い……。


「一撃をくらっても仕掛けてくるとは、ピリアなるマナの力が、ちゃんと発動しているようだな」

 痛みからして、発動しているのか疑わしくなるんだけど……。

 だが動ける。ベルの蹴りを受けても動くことは出来る。

 普段だったら次の日まで痛みが続くが、いまは動ける。


「しかし経験が活かされていないな。いつになったら蹴撃の対策をするのだろうな」


「耳が痛い!」

 お前の攻撃速度について行ける人間はそうはいないよ!

 

 と、思いつつ、蹴られた左足からあえて強く一歩を踏み込み、痛みの中でも敏捷に動けるかを確認しつつ駆ける。


「よい動きだ」

 おう、動悸が高くなる笑みだな。パッシブスキルでチャーム効果を持ってる美人中佐殿の笑顔は最高だぜ。


 このまま頑張れば惚れてくれるだろうか? という思いも抱きつつ、攻めるのを止めて、駆けた足にて距離を置く。

 決して雑念があったから、距離を置いたわけではない。


「……ぬぅ……」

 ベルめ! 強者の風格だな。

 構える俺と違って、構えもせず体を弛緩させた状態で立っている。

 柳生新陰流、無形むぎょうの位のようだ。

 

 後の先でくるか――――。


 俺よりも速い動作でカウンターを打てるからこその無形。

 あの状態なら、相手のどんな動きにも対応できるっていうのが、柳生の神髄だよな。

 まあ、後手ではあるから、対応できない速度での先手なら無形にも対処出来るんだが……。

 相手がベルだとそうもいかない。

 速度のある先手を打てたとしても、ベルは更に速い先の先で仕掛けてくるだろう。

 先手もカウンターも通用しない存在……。

 この技量に加えて、ちょっと前までは、炎まで出せてたんだからな。

 

 ガチチートめ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る