PHASE-1236【下着よりも防具を優先だったな】

「仕留めさせていただきます!」

 胸部と背中を襲う衝撃。呼吸を整えるいとまも与えてくれないドッセン・バーグによる刺突攻撃。

 迫る切っ先を見つつ、体をゴロゴロと転がしてなんとか逃げ切る。

 無様な姿ではあるが、逃げ果せる事は出来た。

 

 先ほどまで倒れ込んでいた場所からは、ドスッといった鈍く強い音。

 木剣が突き刺さる地面では、衝撃で雑草と土が舞い上がっていた。


 ――……いやいや……。


 火龍の鎧を装備していても、ただでは済まないといった威力を目の当たりにしてしまう……。


「仕損じましたか」

 舌打ちと共にコクリコが発せば、


「流石は会頭」

 と、木剣を地面から引き抜きながら称賛と感嘆による笑み――なのだが、行動に似つかわしくない笑みってのは……、サイコパスのソレなんだよな……。


「本当に素晴らしかったですよトール様」

 ドッセン・バーグに続くランシェルからの称賛。

 三者の感想を耳にした次にはドッと周囲から歓声が上がる。

 先ほど以上にギャラリーの数が増えていた。

 ギルドや野良の冒険者だけでなく、王都兵もかなりの人数が集まってきている。

 今の猛攻をよくもまあ凌げたもんだと感心してくれている声が聞こえてくる。

 

 嬉しくはあるけども、喰らってる時点で凌げてはいないんだよな……。

 ドッセン・バーグのトドメの刺突を避けるのにも一杯一杯だったし……。

 

 まったくもって――、


「泥臭い抗い方が如何にもトールらしいです」


「だよな」

 俺が思っていたことをしっかりと代弁してくれるのは、俺にこの試合でダメージを与えてきたコクリコ。

 俺に衆目が集まっているからそこには若干の嫉妬も垣間見れるが、言っている事は間違っていない。

 優雅でしなやかに体を動かし、相手の攻撃を躱したり捌くってのが出来れば格好いいことこの上ないんだがな。

 特にギャラリーが増えればそういった思いも心底には芽生えてくるというもの。

 ギルドメンバーには会頭として。王都兵には勇者として。

 どちらが目にしても格好のいい存在でないといけないという責任感ってやつだ。

 そんな中で蹴撃をくらって地面に叩き付けられた事は、やはり恥ずかしい。


「動きは泥臭くても、懸命に動き回り勝利を掴もうとする。その時宜が訪れるまで耐えてくるのがトールの美点です。皆、気を抜かないように」

 あら珍しい。

 普段なら自分よりも目立つ者に対し、嫉妬を物理に変えてぶつけてくるのがコクリコなんだけどな。

 まさか言葉による高評価を与えてくるなんてね。


「会頭が素晴らしいのは当然なわけだが――コルレオン! なっちゃいないぞ!」


「すみません!」


「元気なのは返事だけですね。動きはまったくもって駄目じゃないですか」

 ドッセン・バーグとコクリコからのおしかり。

 理由は明白。

 四人で仕掛けるつもりだったんだろうが、技量の差が出てしまったのか、コルレオンは先ほどの攻撃に参加できなかった。

 他者に合わせることを得意とするドッセン・バーグではあるが、やはり合わせるとなると戦闘に場慣れしているコクリコやランシェルに合わせてしまうようだ。

 若輩へのフォローよりも、勝ちに行くために力がある方に合わせてしまう。

 結果、コルレオンと周囲の技量の差が顕著になってしまった。

 周囲がコルレオンに合わせればいいんだろうが、そうなると全体の動きが鈍くなるのは必至。

 

 強者からすれば、出来ないなりにもコルレオンには自分が出来る範囲でアクションを起こしてほしかったんだろうな。

 尻尾を腕に巻き付けての意表を突く行動はよかったんだけどね。

 あれ以降を上手く続けられなかったな。

 

 別段、俺に直接しかけることに参加しなくてもいい。仕掛ける素振りを見せて俺の気を散らすってだけの動きをしても良かったんだろうけども――、


「よいやさ!」

 こういった考えを俺がするって事は、相手も同様の考えをしていると判断させてもらう。

 なので反省はこの試合の後にでもしてもらおうとばかりにコルレオンを狙う。


「通しません」


「そのムーブは正にランシェルだな」

 真っ先に人のために盾となるタイプとなると、ランシェルがこの面子の中では図抜けている。

 コルレオンと俺の直線上を遮るように横合いから干渉してくるランシェルが迎撃の姿勢――を整える前に仕掛けさせてもらった。

 右の上段を左のトンファーで防がせるように打ち込む。

 姿勢が整っていないことからガードに専念させることに成功。

 カウンターの可能性は低いと判断しつつも、動きを封じるように右の上段をそのまま維持し、力任せに押し込んでランシェルの動きを制する。

 と、同時に左の木刀で横薙ぎ。

 狙うのは当然、俺の上段を防ぐ為に左腕を上げたことでがら空きとなった横っ腹へと向けての横薙ぎ一閃。


「くぅぅぅ……」

 ドスッといった鈍い音の胴打ちがランシェルに直撃。

 と、当時に、俺の胴打ちに対抗して右に握ったトンファーで殴打を仕掛けてきた。

 

 カウンターとして見れば一手遅れた一撃だったけども、ただではやられないといった気概を伝える殴打は俺の頬をかすめていった。

 こちらの胴打ちは綺麗に入ったというのに、膝をつかずに殴打を打ち込む姿は雄々しかったぞランシェル。

 だが殴打ではなく、残ったトンファーは俺の横薙ぎを防ぐ為に使用するべきだったな。


「ランシェルはここで終わり」


「え!? まだやろうと思えば……」

 苦痛に歪む表情で俺に訴えかけてくるので、


「マイヤ」

 と、審判である立場の存在に判定を問う。

 この間、残りの面子は仕掛けてくることなく審判の判定待ち。


「ランシェルはここまで。真剣なら無事ではすまない。まして会頭が使用するのは残火と最高のミスリル刀。間違いなく今の一撃で絶命。残火でなくてもその服装だと、どのみちなまくらでも絶命でしょうけど」

 淡々と判定を下すマイヤに対し、


「うぅぅ……」

 よほど悔しかったのか、歯噛みしつつ口惜しそうに俺を見てくる。

 負けん気が強いことはいい事だ。

 次ぎの成長に繋がるからな。


「勝てばトール様を好きに出来たのに……」

 ――……負けん気ではなく、そっちでの悔しさかよ……。

 ――……うん……。女性物の下着よりも先に、防具を装備するべきだったな……。


「ここでランシェルを倒すとはやってくれますね! コルレオン――期待しますよ!」


「はい!」

 コクリコに呼応してコルレオンが動き出す。

 先ほど攻撃に参加できなかった失態を払拭させるかのような敏捷な動き。

 ドッセン・バーグに指摘された事を糧とし、ジグザク走法にて俺へと迫ってくる軌道は正面からではなかった。


「ちゃんと実行できてるじゃねえか」

 指摘したドッセン・バーグが喜色の語調。

 虚を衝く。または虚を生み出す動き。

 パーティーの主役にはなりにくいが、脇役が輝くから主役も輝く――か。

 正に強者二人を輝かせるような動きだ。


 仕掛けてきそうで仕掛けてこない距離感を保ちながら、俺に圧を与えてくるコルレオン。

 そんな動きを警戒しつつ、動く先では強者が二人待ち構えているという光景。


「見事な誘導だな。グッボーイ」

 ポツリと零す独白にてコルレオンを褒める。

 牧羊犬に誘導されている羊の気分だった。

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