PHASE-779【馬に罪はない】

 傭兵たちが跨がる馬の速度が上がる。

 ビジョンで見れば数に頼った強味からか、傭兵たちは笑みを湛えている。

 戦いの高揚感から来る笑みではない。下卑たニタニタとした笑みだ。

 愚連隊でしかない連中だからな。優先順位が馬鹿なんだろう。

 

 糧秣廠から撤退してきた兵達の情報を耳にして真っ先に思ったことは、兵糧を備蓄している拠点の奪還ではなく、美人揃いのメイドさん達を手込めにしたいという考えが第一優先ってのが笑みから想像できる。


 ――――兵士たちは大勢いたのに弱腰なのはしかたない。何たって俺たちより弱いからな。

 俺たちはカリオネル様に重用されるだけの存在。二千からなる俺たちが戦えば、如何に奇跡を使う勇者一行であろうと、少数だというなら敵ではない。

 ――――ってな感じに思っているんだろうな~。

 あいつ等なら間違いなくそう考えているはず。

 思考が中二病だからな。

 現実と上手く向き合えていない連中だもの。

 そう考えると馬鹿息子とは本当に相性が抜群だな。


 ――距離にして五百メートルに差し掛かろうとしたところで、S級さん達が揃って胸壁に展開したエゲレスさんの優等生の銃床に脇をあて、しっかりとスコープを覗き込む姿勢に変わる。


「まずは正面のバーバリアンのような髭男を狙う」

 と、一人が言う。

 正面へと目を向ければ、バーバリアンとは言い得て妙だった。

 整えられていない茶髭が顔の半分を覆い隠している。

 ギムロンみたいに綺麗に整えているドワーフが目にしたら苦言を述べることだろう。

 黒い毛皮のマントも相まって余計に蛮族に見えてしまう。

 一見すると蛮勇で果敢そうに見えるけども、


「俺がやる」

 低い声は俺の側から。

 台詞を耳にして、コクリコにはショッキングな光景になるだろうからと、目を反らしたほうがいいと言ってみるけど、俺より肝が据わっているようで、現在おかれている状況は戦いの場なのだから、相手に訪れる不幸は必ず見る事になる。

 遅かれ早かれ見なければならない光景なのだから、しっかりと見ますよ。と、逞しく格好いいことを言う。たまに姐御肌を垣間見せてくるよね。

 これによって俺も目を反らすという事が出来なくなってしまったけどね。


 脇を締めて正しい頬付け。

 小さくシュゥゥゥゥっという吸気が聞こえて――止まる。

 息止めからの小さな音。

 パシュっというよりは、ピシリといった感じだった。

 ガラスに亀裂が入ったような鋭くも小さな音。

 音から直ぐに馬を走らせていた先頭の茶髭男が、馬の進行方向とは正反対の方に弓なりになりながら落馬。


「排除」

 と、俺の側のS級さんが、相手の死が確定した事を告げながら、ボルトを操作して排莢と装填を行う。


 後方の者達は驚きながらもなんとか馬を止めるが、その更に後ろとなれば、急な停止に対応できずに馬同士がドスドスとぶつかっていく。

 まあ、馬にダメージはないようだった。


「なんだ!?」や「紅蓮のトロス隊長が!?」と大声が上がる。

 紅蓮とかは俺が使うよ。

 俺の技名としていつか使わせてもらいたいね。

 トロスなる先頭の人物が急に絶命したことで、混乱が一瞬で広がる。

 反して収拾には至らず、如何に練度が低いのかというのが分かる。


「もう一度あおってみるか」


「じゃあ今度は俺が」

 と、続いて俺たちより離れた位置から次の一撃が発射される。

 見事に側頭部に命中。

 命中部分とは反対側に勢いよく体が動き――落馬からの――絶命――からの「排除」発言。


「ひぃぃぃぃぃ――」

 得体の知れない攻撃。

 と、言うわけではないようだ。


「これは要塞でやられたヤツと一緒だ! 勇者の仲間が持つ魔道具だ!」

 五百メートル先からの声はよく聞こえる。それくらいに恐れに染まった大音声だった。

 以前、要塞でタボールを使用したからな。

 学習は出来るようだ。

 

 ビジョンを使用しているから、撃たれた者の亡骸もしっかりと確認しないといけないんだろうけど、倒れた後を眼界に収めることが出来ない俺は、まだまだヘタレが心にへばりついている。

 排除という発言で死が確認できるのは正直ありがたかった。


「信頼はしていますが、馬は狙わないでください。馬に罪はないので」


「了解しました軍師殿」

 三国志の世界で戦場を知る先生は、人の死に対しても冷静。

 人の命よりも馬を重視するのは、戦場においての優先順位からだろう。

 糧秣廠奪還よりもメイドと考えている連中とは違う。

 敵の人命よりも、敵が放置するであろう馬を欲する先生。

 戦場では正常な思考なんだろうな。

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