PHASE-1284【顔面しぶき】

 俺とミルモンのやり取りを見つつ、パロンズ氏は御者台から急いで飛び降り、ドドイルなるドワーフを止める。


「いい加減にせんかドドイル。この方はギムロン殿と自分がお世話になっているギルドの会頭にして、勇者であるトールさんだ」


「なにぃ!?」


「どうも。ジロジロと見て申し訳なかったです」

 謝罪を伝えれば、ギョロ目を半眼に変えて、お返しとばかりに今度は俺の体を上から下まで見てくるドドイル氏。


 ――見終えて俺と目を合わせると、


「勇者――ねぇ~」

 お、いいね。久しぶりな感じだよ。

 最近はこういったリアクションがなかったからな。

 普通の小僧がそんな高尚な存在とは思えねえな。と、初対面でも関係なく辛辣な発言。

 俺は慣れているので作り笑いで大人の対応。

 良ければ最近まったくもって威光を示せていない、六花のマントでも見せてあげようかな。

 とか思っている中で、俺を馬鹿にするのは許さないとばかりに、左肩からはヒシヒシと殺気が迸っている。

 小悪魔とはいえ悪魔。

 負の感情が好物ではあっても、主が馬鹿にされるとなれば殺意を抱くのは致し方なしといったところか。


 ミルモンの赤髪を指で優しく撫でて落ち着かせる中で、


「信じがたいでしょうがパロンズの言うように、トールは勇者です。そして会頭でありミルド領の公爵でもあります。不遜な態度をとり続ければ貴男の立場が悪くなりますよ」


「ん、あれ?」


「どうしましたトール?」


「いや、うん」

 今までならコクリコも相手側に乗っかるようにして、俺に追撃の辛辣発言をして小馬鹿にしていたからな。

 こっちのフォローをされると、なんか物足りない感じもしてしまうね。

 ――……って、そういったモノを求めている俺も大概だな……。


「とにかくドドイル。弁えるんだ」


「わあった、わあった。すみませんでしたの~勇者様よ」


「お気になさらず」


「寛大で助からあ。で、ここには何用で?」


「この窟を通ってエルウルドの森に行きたいんだよ」

 俺に代わって、間に立ってくれるパロンズ氏が応対。

 目的地を聞いた瞬間、ギョロ目を血走らせて俺を見れば、


「本気で考えてんのかい! 女を連れて森の中だぁ!」

 目力に負けないほどの怒号を俺へと放つドドイル氏。

 髪とヒゲに覆われた口からは豪快なしぶき……。

 面制圧とばかりに俺の顔に激しく着弾……。

 俺の肩に座るミルモンにもかかっていたのか、魔界の勲功爵殿は大層、お怒りのご様子。

 我慢の臨界点を突破したようで、手に黒い電撃を顕現させてしまう。


「落ち着こうな」

 小声で伝えると、


「見舞いたいんだけど!」

 怒気に染まるミルモンの頭をここでも指で優しく撫でてあやせば、なんとか静まってくれた。


「心配は無用。カクエンなる種族の事は理解しています。我々が恐れるほどの手合いではないですよ」

 俺がミルモンをあやす事に注力している事を察したコクリコが代弁。

 コクリコも大人になったものだと感心と感動。


「嬢ちゃんよ。実力があるのはいいが、わざわざ女人が立ち入る必要ってのがな」


「あるのですよ! 我々は冒険者ですからね。冒険に危険はつきものなのですよ」


「その通り」

 ここでシャルナが馬車の窓から上半身を出して参加。


「なんでぇ。エルフまでいるじゃねえか。しかもハイエルフかい?」


「そうだよ」

 馬車の窓から二人の姿を見るドドイル氏は再び半眼となり、更には騎乗するタチアナにも目を向ける。


「いくら大した連中じゃないにしても、木々を素早く移動するのはエルフにも負けねえぞ。しかも集団だ。数の前に呑まれちまうことだってあり得るからな。そうなりゃ分かってんのか? 散々に陵辱されるぞ。特にハイエルフとなりゃあ……」

 ――……長命だからこそ、それだけ楽しめるってことなんだろうな……。

 言われる当人はまったくもって気にしていないけども。

 集団だろうが負ける気はサラサラないといったところだ。


 やはりここは――、


「ここまで来たので我々は最後まで任務を遂げますからね!」

 俺が置いていこうと考えている事を察したのか、コクリコから釘を刺されてしまう。


「大丈夫だよトール。私達はそこそこ強いから。ハイエルフって分かるならそれだけでも力は理解してるよね」

 と、ドドイル氏に問うシャルナ。


「集団で来たとしても高威力の魔法で一網打尽ってか」


「その通り!」

 ――……そこはシャルナに返答させないとな。コクリコ……。

 お前はまだ中位までで止まっているからな。

 まあ、それでも装身具やらサーバントストーンを使えば、上位並の火力は出せるだろうけど。

 まったくもって心配などいらないという態度を窓から見せる二人に対し、ドドイル氏は長嘆息を行い、


「俺らは手伝ってやれねえからな。危なくなっても知らねえぞ」


「自分たちの国の近くで、魔王軍に荷担している連中を野放しにしといてよく言えますよね」


「うるせい! こっちにも都合ってのがあんのよ! そもそもがビビり倒して森の奥に隠れている連中をわざわざ刺激することもねえからな!」

 魔王軍に組みしていたとはいえ、現在は敵対行為はせずに静かにしているなら、無駄に追い立てて戦うなんて事はしなくてもいいって考えは正しいと思う。

 だからだろう、コクリコもそれ以上は言い返さなかった。


「そもそもが刺激させるように女たちを連れだって森の中に入るなんてのは蛮行としか言えんぞ」


「ごもっとも」

 ドドイル氏の発言に乗っかって場を収めようとする俺は、中間管理職のような立ち位置。


「どうしても成し遂げなければならない大事があるので」

 継いで発せば、これ以上は言っても無駄だとドドイル氏も理解したのか、


「まあ、あれだ。俺らのテリトリーで悪さをしとるところに出くわしたら手伝ってはやる。まずいと思ったら上手い具合に逃げてこっちまで誘い込め」

 怒号を飛ばしたり言葉は荒かったりするけども、俺たちの事を気づかってくれるところには優しさを感じる。

 加えて、内容が内容だったので興奮した語調になったのは反省すると、軽い会釈で謝意を伝えてきた。

 これにはミルモンも二頭身の頭を鷹揚に頷かせていた。


「いつまでも公爵様を入り口に留めるのもよかねえよな。この窟との関係性を俺のせいで拗らせるのもよくねえし」

 トールハンマーとは協力関係にある。

 その要塞を統括する一人でもあるのが俺ってことも理解しているようで、これ以上の足止めによる無礼はよろしくないということから、


「お~い」

 と、ドドイル氏は胴間声を穴の方へと向けて発する。


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