PHASE-327【我欲の芽生え】

「まあ、ここに来た時の王様は完全に後者でしたよ。ベルが怒りを抱くくらいに」


「ですが、主のご活躍で賢君へと立ち戻ることが出来たので、今までの責は、生きている間に償っていかせましょう」

 おっと、ちょっとトゲのある言い様。

 最近はフレンドリーに接してきて、やる気が漲って、若々しくもなってきてるし、頑張って民のために体を酷使してもらおう。

 民を盾にしてたのは、消えることのない事実なわけだし。

 

 余裕が生まれれば柔軟な思考にも繋がる。同時に今までの事を悔い改める時間も得られるというものだ。

 君主たるもの、流れた血を省みてはいけない。ってのもあるかもしれんが、それでも民を思いやる事に重きを置いてくれる王様であってほしいというのが、俺のファンタジー知識における理想の王様なんだよな。


「主、覇権を狙うのは今と言いましたが、なぜだか分かりますか」


「王サイドの力が削がれているからでしょうが、それ以外は分かりません」


「はっきりとしたもの言いは好感が持てます」

 ありがとうございます。

 答えは、人々に余裕が出来たからだそうだ。

 余裕が出来るのはいい事だろう。慢心に変わるればよくないだろうが、そこは先生がちゃんと手綱を引いてくれているから問題ないと思う。


 といっても、それは内側だけの話。

 外、とくに魔王軍の直接的な脅威に、いまだ晒されていない者たちの思考はお粗末なものになるそうだ。


 自分たちが得た勝利ではないのに、こういう時に限って、人類全ての勝利と考えてしまい、それを真実として自らに暗示をかける者が現れる。

 そういう手合いは余裕が生まれれば、次に今回、人類が追い込まれた理由を王の怠慢という原因へと変換し、現王は王たる器ではないと判断。

 自分が王に代わるべき存在とすら錯覚する。


 前線の辛さも知らず、高みの見物を決め込むような者たちは、戦場から離れれば離れるほどに楽観主義で、頭がお花畑で満開の者たちが多くを占めるそうだ。


 そして今の今まで力を蓄えていた者たちが矛先を向けるのは――――、俺も馬鹿ではない。ここまで聞けば、覇権を取りたがる連中は王様に向けて戦いを起こす可能性も出て来るわけだ。


 魔王軍との戦いも知らず、魔王軍が少しでも後退し、状況を伺う姿勢になれば、そこを突いて魔王軍を狙うのではなく、自らの我欲のために行動を起こす。


「そういう馬鹿が出てきたって事ですよね? 話の流れからして公爵あたりが行動を起こす――――いや、先生は覇権を狙うなら今と発した、すでに行動に移しているって事ですね」

 鷹揚な頷きが返ってきた。

 本当に馬鹿馬鹿しい。

 今の俺は険のある表情になっているだろうな。

 大陸で二割の力を持つ公爵。

 王様の政治に不信任を抱いていると、相談役が発せばそれに乗じて美味い汁をすすろうとする者たちも与することになる。


 大陸で最大の領地を持つ王と、次いで持つ公爵の戦いとなれば、大量の血が流れるだろう。

 魔王軍にとっては有りがたいことだ。

 俺が転生する前に、やはり王様は公爵領を召し上げるべきだったな。


「どこまで掴んでいるんですか?」

 鷹揚に頷いたってことは、公爵サイドの動きを先生はつぶさに把握している。


 俺の言が核心をついた発言であったからか、理解が早いと先生は満足してくださったようで、笑みを湛えてくれる。

 この人は本当に、どこまで掴んでいるのだろう……。


 ――――公爵サイドは私領と公領の境に兵を招集させているそうだ。

 一見、魔王軍に対する私領の防衛とも考えられるが、兵の配置は南に集中している。


 南。つまりは王都の方角に兵が集中しているということ。

 先生はマイヤと同職かそれに近しい者たちを放って調査をさせているそうで、逐次報告に余念が無いとのこと。

 現在、公爵領では動きが活発になっているそうだ。

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