PHASE-900【カムヒア】

 開かれている檻には人は入っていない。

 つまりは――、


「開かれている檻には若い健康体の者が入れられてたんだろうな」

 ゲッコーさんも俺と同じ予想だったようだ。

 逃げる時、少しでも金になる商品だけを連れ出したと考えるべきだろう。

 その欲深さが身を滅ぼすというのを分からせてやる。

 この建物にまだ敵が残っていることも考慮し、ここに踏み込んでくる可能性もあるのでカイルに囚われていた人達の護衛を任せ、三人で先に続く扉を蹴破り再び通路を走る。

 足止めになるような連中は待機していない。

 商人と一緒になって逃げるつもりのようだ。

 

 その証拠に、


「お、嘶き」

 馬車を走らせようとしているのが丸わかり。

 急いでいたのか外に続くドアは開かれた状態。


「アクセル」

 で、一気に建物の裏道へと移動すれば、今まさに馬車が走り出そうとしていたところ。


「来たぞ!」

 と、助手席に腰を下ろす珍妙団の一人が叫べば、御者である商人が手綱を振る。


「ご立派な三頭立てだな」

 積み荷を運ぶための大型の幌馬車を引けるだけの立派な馬体。

 馬車が動き出し俺から距離が離れていけば、


「あばよクソ餓鬼!」

 追いつけないと確信したのか強気に罵声を浴びせてくる商人。

 十分に間に合うのだけれど、あんなおっさんに挑発されるとついついそれに乗りたくなるよね。


「くらえ絶望」

 ポツリと独白からの首からさげた曲玉を手にとって、


「ゴロ丸カムヒア!」

 曲玉で地面を擦れば、俺から離れていく馬車の前方の地面が盛り上がり、


「キュキュ、キュキュキュー!」

 地面から元気にラグビーボール形状のミスリルゴーレムが現れる。

 流石だよゴロ丸。流石は俺と精神がリンクしている。

 キュキュキュー! とリズムに乗っているところはワンツースリーってことだな。分かってるね。


「「ひぃぃぃぃ!」」

 まったく人が感心している時に悲鳴なんて上げないでよ。

 突如として眼前に現れたゴーレムに悲鳴を上げるのは商人と助手席の珍妙団。

 馬たちも驚いて棹立ちしてから動きを止める。


「よしゴロ丸、日輪の力は借りられないけど、そいつ等を止めるくらいわけないよな」


「キュウ!」

 元気よく右手を挙げて返事をすれば、大の字で通せんぼのスタイル。


「ちきしょう!」


「あ! おい!」

 商人を置いて助手席に腰掛けていた珍妙団の一人が馬車から飛び降りて逃走をはかろうとするも。


「ふん」

 美人は小気味よく鼻を鳴らすのが好きなのかな?

 ベルもそうだけどマイヤも同様だった。

 俺の後に続いていたマイヤは屋根伝いに移動していたようで、逃げる男の背後に着地し、手にした鞭を撓らせて首に巻き付ける。

 ナイフだけでなく、鞭のあつかいも卓抜なものだった。

 鞭が首に巻き付いた時点で傭兵はダウン。


 さて――、


「ゴロ丸」

 言えば御者台に座る商人をむんずと掴むゴロ丸。

 ゴーレムに捕らえられれば、先ほど以上の悲鳴を上げる商人。

 五月蠅く叫ぶ商人をゴロ丸が俺の方へと連れてくる。

 その間にゲッコーさんが幌馬車へと入り込めば、数人の男が瞬く間に馬車から投げ飛ばされる。

 皆仲良くダウンの戦闘不能状態。手早い無力化は流石だ。

 そんなゲッコーさんが幌馬車から頭だけを出して、


「クリア」

 と、短い報告。

 馬車の中に潜んでいた傭兵たちが何も出来ずにゲッコーさんに制圧された光景をゴロ丸に掴まれた状態で目にし、反撃も不可能と悟ったのか更に絶望の色に染まる商人。

 

 ダメ押しとばかりに、


「じゃあもう一回言ってみてよ。クソ餓鬼って」

 悪い笑みを浮かべて要求すれば、


「ハハ……冗談ですよ公爵様」

 ほう、公爵と改める辺り、少しは素直になってくれるようだな。

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