PHASE-1299【鏃も色々】

「しかし、それだけ気運が高まっていたのに、よく押し止めていましたね」


「基本ドワーフは血の気が多いからな。苦労もした。苦労した結果、臆病者とも見られているのだろうけどな」


「そう思われても今を維持したことで、ドワーフ族の力が蓄えられたのだから賢策だったと思いますけどね」


「勇者に言ってもらえると、今までの政策が愚策ではないと自信を持てる」

 政治能力なんてないに等しい俺の発言でも、救いになるなら喜ばしい限りだ。


「そもそも賢君、暗君はその後の歴史が決めるのです。ならばやる事は一つ。己に忠実に生きるだけですよ」


「「「「おおぉぉっ!」」」」

 発言者を除くこの場の面子による感嘆。

 こちらのリアクションがよいものだったからか、発言者であるコクリコは今のは非常に良い台詞だったと自画自賛しつつ、メモ帳に記している。

 後の存在が歴史を決める。とは言っているが、当人は捏造ありきの自伝を残して、後世の者達にその歴史の判断を委ねるというよりは、功績を押しつけていくスタイルなんだよな……。

 だとしても、コクリコは姉御モードになると含蓄深い事を言うのも事実。

 普段からそうだったなら、後世の歴史家たちからは賢者として敬われる可能性もあるかもな。


「勇者だけでなく、従者も励みになる言葉を与えてくれるものだ」

 気分良く笑う親方様。


「それに――だ! 各地で人間たちに協力している同胞たちが励む中、我々も別にただ籠もっていたわけではないぞ」

 ――この大陸で多くの数を占める種族は人間。

 反攻となれば人間を中心とした布陣で戦うことになる。

 だからこの窟では人間のための武具――主に武器の生産を行ってくれているそうだ。


「槍や刀剣もいいが、我々が最も力を入れているのは矢だ」


「へ~。いい判断だね」


「弓矢といえばエルフ。そのエルフに褒められれば鼻も高くなるものだな」

 飛び道具の大量生産。

 戦国時代なんかは鉄砲が登場するまでは弓が主役でもあったはず。

 近距離の槍や刀剣が花形なら、安全圏から敵にダメージを与えることができる遠距離武器は昔も今も不動の主役。

 それが分かっているから、矢の大量生産をしてくれているそうだ。


「戦いとなれば遠い距離から攻撃するのが一番だからな」

 バトルアックスを手にするドワーフのイメージからかけ離れた発言だけども、人が使用するという立ち位置からの発言なのだろう。

 弓を引く構えをしながら発する親方様だけど、シャルナからは弦を引く側の腕が上がりすぎていると指摘されていた。

 指摘に笑いで返しつつ、言葉を交わしている間に矢筒を一つ持ってきてくれる一人のドワーフさん。


「――いいじゃない」

 矢筒から取り出される矢を見てシャルナが太鼓判を押す。

 俺のような素人目でも分かるくらいに鏃は鋭い。

 ちょっと触れるだけでもスッと肌が切れそうだ。

 コレを番えた弓。そしてソコから放たれれば、並に防具なんかじゃ意味をなさないとばかりの貫通力を鏃は外観だけで伝えてくる。


「それにしても――鏃にも種類があるんだな。普通のと鏑矢は分かるけど、平たくて薄い形状のもあるんだな」


尖矢とがりやは貫通力の高い――まあ対人用ってところかな。雁股かりまた平根ひらねは狩猟なんかでよく使用されるよ。獲物の足を狙ったりするのに秀でてる」


「へ~。鏑矢の鏃部分である雁股ってのは、本来は狩猟用なんだな」


「戦いとなれば、この窟で作られた矢を使ってもらいたい」

 自分が鏃の説明をしたかったようだが、シャルナに説明を奪われた親方様。

 ここからは自分が説明するとばかりに、俺とシャルナの間に割って入ってくる。

 

 魔王軍との戦いでは人型タイプには尖矢。騎獣、騎馬には雁股、平根を使用すれば効果が高いと説明してくれた。

 まあ、シャルナが言ったことを魔王軍に変えただけですね――。とは言うまいよ。


「シャルナの言ってる内容を魔王軍に変えただけですね」


「ぐぬぬ……」

 俺が言わなくてもコクリコさんがきっちりと代弁してくれるんだけどな。

 にしても騎乗者ではなく、その足となっているのを狙うってのは不作法なような気もするが、そんな事を考えている時点で甘い考えだよな。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。ってことわざもあるし。

 この世界の今後を思えば、甘っちょろい考えは捨てないといけないんだけども、そうなるとダイフクの顔がちらつく。

 騎乗による戦闘となった時、ダイフクを狙ってほしくない。と、考えてしまうからな。


「どのくらい出来てるの?」

 いらん事を考えている間にシャルナが親方様に問う。


「今のところ鏃は各種合わせて六万」


「ふぁ~」

 ここは俺がリアクションをする。

 作りも作ったりだな。


「ですが、まだまだ頼りない数です」

 と、ココリコがここでも切り口の鋭い発言をする。

 必殺必中という奇跡が起こったとしても六万しか倒せない。それでは敵は損耗したという考えにすら至らないでしょう。と、続けた。

 いくら勇者の従者とはいえ、言葉は選んでほしいと思うドワーフさんは――一人もいないご様子。

 歯に衣着せぬ物言いはドワーフさんも同じようなものだからか、コクリコの発言に対して一々と不機嫌になるって事はないようだ。

 

 言われた親方様自身、


「ロードウィザードの言は正しい。いま手にしているのと同じ粗製で申し訳ないが、この窟だけでなく、他の窟でも拙速でいいから鋳造するように伝えている」

 数はこれからドンドン増えていくと、ドンッと樽型ボディで胸を反らす親方様。


「ドワーフが手がけた粗製は、人が手がけた良質と同等です」


「褒めるのが上手いものだな。トールは!」

 と、呵々大笑の親方様。

 コクリコの強気発言をフォローするのも一苦労だけどな。

 喧嘩っ早いミルモンに、目上に対しても対等なもの言いをするコクリコ。

 前者の存在で後者のほうは少しは楽になるとも思ったが、違った……。

 どっちにも対応しないといけない。

 気苦労が二倍になっただけだ……。

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