PHASE-1298【転換】

「どうしたのだトールよ」


「あ、いえ。別に何もないですよ」


「難しい顔をして何もないはないだろう。ワシに可能な事があるなら協力はするぞ!」

 こちらの案件に対して協力ってのは難しいだろう。

 だが別段、兵力だけが全てではない。

 王都だけでなく、人間が拠点としている場において、ドワーフさん達は協力してくれている。

 装備制作だけでなく、技術指導も行っているしな。

 こういった指導で人間サイドも成長し、より良い物を制作できるようになる。


「十分に協力してもらっていますよ。なのでこれまで通りの関係性を維持できるようにお願いします。自分の目の黒いうちは亜人に対する差別なんてさせませんから。人間に対して幻滅しないでください」


「するものかよ。従者にコボルトがいるだけでも説得力があるというものだ。だからこそ、生真面目パロンズにギムロン殿。そして上のエルフまでもが人間の勇者であるトールに協力しているのだろう」

 リン生前の時代は人間の増長さが目立ったみたいだけど、現在はそれも軽減していると信じたい。

 エルフやドワーフのような、人間から見れば長命であり、人間以上に叡智を有している者達から落胆だけはされたくないからな。


「特にギムロン殿の活躍はよく耳にするぞ。流石はギムロン殿だ。アラムロス自慢の御仁よ!」


「へ~」

 現ドワーフのトップでもある親方様は、ギムロンに敬意の念を抱いているようだな。

 敬称で殿をつけるくらいなんだから。

 この窟だけでなく、ドワーフ族の中でもギムロンはかなり優秀な存在なのかもしれない。

 希代のドワーフ職人なのかもね。

 そんなギムロンに修復してもらった公爵家の宝剣ウーヴリール。

 現在、俺が腰に佩いているうちの一振りであるマラ・ケニタルの制作にも携わっているしな。

 光栄に思わないといけない。

 

 親方様にもその事を伝えれば、自分のように喜んでくれたし、同時にマラ・ケニタルの素材が英雄灰輝サリオンミスリルだというのを知り、もの凄く驚いていた。

 そして、落ち込んだかのようにまたも顔を伏せてしまう。

 

 ――で、わなわなと肩を震わせれば――、


「やはり我々はまだ十分な協力が出来ていないようだ!」


「はい?」

 現状だと十分だと伝えているのにな。


「ワシは決めたぞトールよ!」


「はい……」

 耳がぶっ壊れそうなくらいの声を至近でぶつけないでいただきたい……。

 ミルモンがまた怒り出すから……。

 発しつつ、つと立ち上がり、何杯目か分からないビールを一気に飲み干し、


「我々も動く時が来たようだ!」

 数歩前へと進んで四阿から出ると、空になったタンカードを大空洞の天井へと掲げつつ、ここでも大音声。

 ミスリルからなるタンカードの神々しい青白い輝き。

 自ら掲げるソレをじっと見ていた親方様は、


「エルフにばかり良いところを見せられんよな。よもや国宝である英雄灰輝サリオンミスリルを勇者へと提供するとは。我々は貢献という立場で完全に負けている。不甲斐ないことだ!」


「各地にドワーフさん達を派遣してもらい、様々な助力をしてもらっていますからね。大陸全体で考えれば、大きな貢献だと思いますけど」


「そうそう。私のところなんて、新王になってからようやく大陸全体の為に動き始めたばかりだよ。貢献度は間違いなくドワーフ族が上」

 と、シャルナが俺に続いてくれる。


「だがいつまでも専守防衛だけでは駄目だというのを痛感させられた。いや、分かってはいた! が、動き出す勇気がなかった。ドワーフ族のことだけを考えてしまったからな」

 以前の魔王軍との戦いで多くの命が散っていった。

 この窟も例外ではなく、俺がこの世界に来た時点では、この窟にも侵攻を許したそうだが、なんとか相手が後退するまで籠城にて耐え抜いたという。

 その説明で得心がいった。

 目抜き通りの新古の煉瓦によるまだら模様の壁だった建物は、侵攻による破壊からの修復によるものだったんだな。


 そういった侵攻もあったから、同族を守る為にも今は流血を出来るだけ回避したいわけだ。

 だが、協力もしなければこの大陸は魔王軍に呑み込まれる。だからこそ勇士を外へと向かわせて各地で協力させる。

 それでも親方様はこれだけでいいのだろうか? といった葛藤もあったそうだ。

 自分たちは矢面に立つことはなく、勇士と他の種族だけに任せて後方にいる。

 そうなれば各種族から冷ややかな目を向けられることになるだろう。

 自分だけが臆病者のそしりを受けるのは良くても、種族全体でそう思われれば、長いドワーフの歴史において汚点ともなる。


「各窟のドワーフ達と共に我々も本格的に参戦せねばならんだろう」


「「「「おおっ!!!!」」」」

 ダダイル氏、近衛だけでなく、トラックから酒をおろすために参加していたドワーフさん達から嬉々とした歓声が上がる。

 ドドイル氏もそうだったけど、ドワーフさん達は血の気の多い方々が多いようだ。

 だからこそ守勢に回る考えが、気に入らないところもあるんだろうな。

 ギムロンも仕方ないと分かっていながらも、今のドワーフ王――親方様の考えには全力で支持ってわけじゃなさそうだったもんな。


「だが我々にも集結の時は必要。今しばらく待ってもらいたい。これは決して場当たり的な発言ではない。必ず結集した後に参戦する」


「疑っていませんよ」


「助かる。出来るだけ迅速に力を集結させよう」

 急に盛り上がった親方様。

 周囲の面々も大いに盛り上がっている。


「勇者たちがこの世界のために東奔西走しているのだからな。動かなかった分、我々も今度は大いに動き回ろう!」


「あの――」


「どうしたトールよ」


「凄く嬉しいのですが、急に専守防衛の理念から反対の理念へと変更して問題はないのでしょうか? 混乱するのでは?」


「問題ない!」

 きっぱりと言い切ったな。


「その根拠は?」

 と、コクリコ。


「我々とてこのままではなんの解決にもならないのは理解しているからだ。しかし攻勢に出たくてもその力が伴わなかった。だが――」

 瘴気が浄化され行動範囲が広がり、各窟からこの窟へと集い協力してくれる同胞たちの数も日々、増加してきている。

 そうなれば反攻の機運も高まってくる。

 更に機運を高めるきっかけとなっているのが、人類を中心とした友軍勝利の報。

 吉報を聞かされる度に、反攻するという思いがドワーフ達の中で日を追うごとに高まっていったという。

 

 専守防衛から反攻へと転換するためには、きっかけがあればいいだけだった。

 

 で、そのきっかけが俺達がここへと訪れたことだそうで、勇者の来訪を利用させてもらおうということだそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る