PHASE-1652【THE・不健康】

 馬車が門を潜る。

 篝火だけだった門前とは違い、門の内側は夕暮れ時とは思えないほど、煌々とした明るさに支配されていた。

 さながら晴天の昼間である。


「凄いな」


「メメッソの大通りよりも遙かに明るいですよ」

 ルーフェンスさんもこれほどまでに力の入った照明は経験が無いと驚いていた。

 ファイアフライを封じたタリスマンによる街灯が、碁盤目のような道の全てに等間隔で配置され、建物全体も同様のものが取り付けられている。

 屋根の下に出来るはずの影も他の方向からの光でかき消されており、暗がりを探せと言うのが難しい。


「大々的にやるということもあって、随分と景気がいいようだ」

 窓から顔を出す老公。外の異様さに感心はしているけど声音は驚きのもの。

 

 ――快適だな。


 門前の篝火とは違い、煌々と明るい中を移動すれば、馬車に刻まれた家紋がよく見えるようで、立哨の連中もこちらに対して鋭い目を向けることがなく、俺と目が合えば会釈をしてくれる。

 前回とは真逆の反応。

 これもムートン家の威光のお陰だな。

 今回の件が無事に解決した後、老公とは強い関係性を結ぶ事を本気で考えないとな。


「これはこれは!」

 小走りで馬車の方へと向かってくる男。

 念のために俺とルーフェンスさんが前に出て構える。


「そう構えず」

 と、ペコペコと頭を下げてくるのは痩躯な男。

 目の下には濃いクマ。

 睡眠と食事を削った生活を行っているのというのが見て分かる。


「二人とも不行儀なことはせぬように」

 と、それっぽく老公が発し、馬車から降りるのを俺が補助。


「よくぞお越しくださいました。システトル様」


「体は不健康そうだが声は快活でなによりですな。ムアー殿」


「一ヶ月ほど根を詰めておりましたが、ここ数日で興奮することがありましてね。高揚感と多幸感が現在の原動力になっております!」

 なんとも大きな声だ。

 痩せ細った体。俺より若干低い身長。

 白衣を思わせるシワだらけの白服に身を包んだ男。

 伸びきって乱れた金髪に無精ヒゲ。やや垂れ目でくすんだ青い虹彩。

 THE・不健康。

 発言どおりテンションだけで今は動いているようだ。

 電池が切れたらパタリと倒れそうだな。


「オルト殿。私の護衛を務める以上、こちらの人物は覚えておくように」


「分かりました」

 双方、挨拶をするようにと老公が間に立って促してくるので、俺から挨拶を行えば、


「ムアー・シュトカセンという。冒険者のオルト君。システトル様に危険が及ばぬように励んでくれよ」

 握手をすれば、弱々しい体とは裏腹にぐっと力強く握って不敵に見上げてくる。

 体躯の割りに高圧的な人物のようだな。

 営業スマイルで対応する中、


「今回の催し物とはなんなのかな?」

 老公が質問をすれば、


「まあ、まずはごゆるりとしてください。今回は皆様に今までの功績をお披露目したいのですから」


「だからこそ、その功績の結果を聞きたいのだがね」


「それは見てのお楽しみですよ」

 ここでは教えてくれないようだな。

 会食の用意がされているので、専用の建物へと自ら案内するとムアー。

 やはりというべきか、俺が最初に訪れた時の客用の建物とは違った方向へと案内される。

 この土地を代表する素封家と成金とはちゃんと差別化を図ってんだな。

 発表があるまではそちらで待機ということのようだ。

 

「今回の事に際して、こちらからも催しに美しき花を一輪提供したいと思っていてね」

 老公が馬車へと視線を向けて発せば、


「それは有り難うございます」

 気になるのか、ムアーは開かれた馬車の内部を覗き込もうとする。


「そうせかなくとも後で楽しんでいただきたい」

 遮るように老公が間に立ちながら、


「さあ、出てきなさい」

 言えばすっとベルが馬車から出てくる。


「お、おおぉ……」

 声を漏らせば、そのままポカンと口を開き続けるムアー。

 そして声を漏らしたのはムアーだけでなく、先にこの場へと来ていた金持ち連中と、普段なら表情を崩さずに警備に当たっている私兵たちからも漏れ出ていた。

 

 老公の手を取って出てくる青色のワンピースに身を包んだベル。

 体に沿ったワンピース。

 男なら誰もが目を向けてしまう大きな胸。

 くびれたウエストからの臀部――続く長い足。

 体の線が出まくっているワンピース姿は、男の欲情をかき立てる。


「うぅぅん」

 なんと素晴らしい体を持った女性。その女性のご尊顔を是非とも! と、唸りつつムアーは覗き込もうと必死。

 疲れ切っていた半眼が見開いていた。

 だがここでも老公に遮られる。


「焦らずとも後で見てもらうので」


「残念……」

 と、悔しがるのも当然。

 現在のベルは淡い霞色のベールで頭全体を覆い隠していた。

 白髪もベールに隠しやすいようにギブソンタックになっている。

 馬車に乗る前は普通だった。

 髪型を変えたのは自分の意思なのか、はたまた老公のアイディアか。

 どちらにしても老公の馬車から出てきた魅力ある女性の登場に、場の視線はベルにだけ注がれる。


 それを確認したところで――、


「今回の招待に感謝し、このシステトル・モル・ムートンからは前座として、この傾国の美女による舞を皆様に楽しんでいただきたい」


「「「「おおっ!」」」」

 周囲から嬉々とした声が上がり、


「情熱であり色情をかき立てる踊りとなるでしょう」

 と、継いで発せば、


「「「「おおおおぉぉぉぉぉっ!!!!」」」」

 色情という発言で周囲は大音声。テンションは青天井である。

 ベールにて顔を隠す美女の踊りが、その体を存分に発揮したものであり、男の欲情を大いに高ぶらせてくれるのだろうと大喜び。

 

 そんな面々と一緒に行動している女性たちは、側の男連中の興味が自分ではなく、霞色のベールの女性にだけ注がれている事におもしろくないといった表情。

 野郎達のテンションが落ち着いた後、待ち受けているのは女性たちからの嫉妬による猛攻かな。

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