PHASE-1651【虎の威を借る狐ではないよ】

 ――だが人間、何かを得れば別の欲も芽生えるというもの。

 TANIMAによる眼福の次には踊っている姿も目にしたい。

 一つ踊ってくれないか。と、言ってもいいのだろうが――ここはやめとこう。

 というか、蹴りや踏みつけなんかの追撃がこなかったのって、高価な衣装の支払いをさせることに申し訳ない気持ちがあったからだろうな。

 その後ろめたさを利用して踊る事をお願いすればベルは踊るだろう。

 確実に俺に対する好感度は下がってしまうけど。

 それに、踊る姿を目にすれば間違いなくエロい顔になる。

 そうなれば後ろめたさを振り払った手心無しの制裁が見舞われるだろうから、やはりここは我慢だ。


「俺を簡単に魅了するんだから、製造所でも上手くいくってもんだ」


「あ、ああ……」


「恥ずかしがらずに派手に踊ってくれよ。俺だってマッチポンプ剣舞を散々にやらされてきてんだからな」


「そうだな。少しはトールの気持ちも理解しないといけないな」


「だからといってあまり過激な踊りはしないように!」

 俺以外の男達が情欲に染まった目でベルを見続けるなんて我慢ならないですからね!


「努力しよう」


「しつこくなるけど、本当に踊れるのか?」


「少しは習っている」

 接待もそうだったし、踊りも出来る。

 軍人としていろんなことを習ってんだな。特に美人様ともなれば、籠絡の技巧も教わって当然なんだろう。


「だよな~……」


「なんで急に寂しそうになる」

 まあ、俺の知らないベルを知ってしまったというところで寂しさを覚えてしまったのは事実。


「とにかく、明日は気を引き締めてかかる。護衛の任、よろしく頼む」


「了解」

 俺の知らないベルならば、俺だけが知るベル! と、誇れるような関係性を築き上げられるように励んでいこう!


「よっしゃ!」


「なんで急に快活になる。情緒が不安定すぎるぞ……。明日はそんな不安定さは出さないでもらいたいな」


「任せとけ!」

 力強く答えて部屋を出る。

 出たところで、


「兄ちゃん」


「どうしたミルモン」

 パタパタと羽を動かして俺の後をついてくる。

 さっきは席を外していたようだけども、


「もう少し姉ちゃんに対してグイグイといかないといけないと思うよ」


「ぬぅ……」


「せっかく部屋にお呼ばれされて、あんな恰好を見せてきたんだから、気の利く言葉を連投して好感度を高めないとね」

 視線を俺に合わせて飛行するミルモンの目は半眼。

 駄目な男を見る目であった……。


「兄ちゃんは大事なところでヘタレになっちゃうね~」


「い、言い返せねえ……」


「奥手なのもいいけど、攻めるところで攻めないと、他から取られちゃうよ」


「あ、はい」


「頭は悪いし実力もカッスカスだったブリオレってのがいたけど、グイグイと自分に引き寄せようとする勘違いからくる自信ってのは、時として成功にも繋がる事があるからね。その事は頭に入れておいた方が良いよ」


「あ、はい……」

 そう言って、ミルモンは部屋へと戻っていきました……。


「本当……なんも言い返せねえ……」

 独白しながらトボトボとした足取りで自室へと戻る俺なのでした……。

 

 ――。


「本日はよろしくお願い致します」


「はいっ!」

 翌日の夕暮れ前、老公とラウンジで待ち合わせ。

 で、しっかりと円形金貨を三十枚支払い、俺の巾着袋は一気にしぼみました……。


 支払いを済ませ、俺とルーフェンスさんが老公と対面してこれからの事を話し合っているところで、


「待たせた」


「おう」


「どうした?」


「いや、似合っているよ」


「そうか。ありがとう」

 と、ラウンジに現れるのは藍色のワンピースを着たベル。

 踊り子の衣装とは別に、踊り子の普段着として老公が一緒に用意してくれたという。

 ワンピースは老公からのご厚意による頂き物とのこと。

 有り難い。

 

「美しい。地上へふらりと舞い降り、人々を魅了する天の使いかと勘違いしてしまいました」

 と、老公が発せば、ベルは些か恥ずかしがる。

 似合っているとしか言えない語彙力が乏しい俺とは違う。

 俺の発言では見せなかったリアクション。

 この差よ……。

 クサい台詞のようでもサラッと言えれば格好良く聞こえる。

 昨晩ミルモンが言いたかった事がまさにコレなんだな。


「それではお三方――ではやく四名様、参りましょうか」

 俺が腰につけた雑嚢からひょっこりと頭を出すミルモンに気づいた老公が訂正。


「よろしくお願いします」

 代表して俺が頭を下げ、老公と共に宿から出る。

 振り向けば、後に合流する面々が見送ってくれる。

 いよいよだな。


「ではお乗りください」

 老公が馬車への乗車を勧めてくる、


「アップとミルモンが乗るといい」

 冒険者――老公の護衛を担当する俺たちが馬車の周りを守るように陣形を組まず乗車ってのもあれだからな。

 ――老公とベル。そして雑嚢から移動してベルの肩に乗るミルモンが乗車したのを確認してから、


「行きましょう」

 御者へと伝えると小さな頷きから手綱を振る。

 よく調教された四頭立ての馬たちが脚を揃えて進み出す。

 ゆったりとした常歩に合わせて俺とルーフェンスさんが馬車の左右に立って小走りで併走。


 ――赤煉瓦の防御壁へと到着すれば、


「おう、エマエスと一緒にいた新米さんじゃねえか」

 と、本日も長槍を手にして立つのは前回と一緒の門番の人。


「懲りずにまた来たのか」

 と、これまた前回同様、素っ気ないのも一緒にいる。


「今回はどんな用件かな?」

 エマエスと仲の良かった方から問われるので護衛の任に就いていると説明すると、もう一人からは小馬鹿な笑い。

 新米冒険者を雇うとは随分としわい雇い主だと言わんばかりの笑いだったけども、


「通してもらえるかな?」

 馬車の窓を開いて老公が顔を出せば、小馬鹿にした笑みが瞬時に凍りつき、門番二人は直立不動。


「通って良いのかな?」

 固まった二人に再度、老公が問えば、


「も、もちろんです!」

 小馬鹿にしていた方から聞いた事のない甲高い声による返事。

 緊張のあまり声が裏返っていた。


「では行きましょう」

 ふふん! と、鼻をならしつつ御者へと俺が伝え、さっきまで小馬鹿にしていた門番の方へとドヤ顔を見せてやる。

 見せられた方は、なんで装備も馴染んでいない新米をあれほどの御仁が雇っているのだろうか? といった怪訝と驚きの混ざった顔を向けてきた。

 

 ロイル領において豪商として名をはせている一族は伊達じゃないな。

 有り難くその威光を利用させてもらおう。

 一度目と違って、二度目は製造所内でかなり自由がききそうだ。

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