PHASE-102【ピッチリスーツ】

「では、行ってくる」


「どこに?」

 さっきからベルは何をしてるんだ? ケープまで外してるし。おかげで腋がエロいじゃないか……。


「不快だ!」


「あいたぁ!」

 いいじゃん! 見せてるんじゃないのかよ! だったら、袖のあるのを着なさいよ。


「で、どこに?」


「海だ」


「うん? ん?」


「泳いで島まで行く」

 ――……。


「ちょいちょいちょい!」

 素っ頓狂な事を言ってるぞ。泳ぎやすいようにポニーテールにしたのかと納得もしたが、そんな場合ではない。

 腕を掴んで静止。


「何だ?」


「何だって、ここから島まで二キロはあるぞ。海面も見ろ。潮の流れが速い」


「このくらいなんの問題もない」

 確かにチートなベルなら問題ないだろうけども。


「軍服で行くのか?」


「水着でもあるのか?」

 水着はないよ……。へへ――――。


「そのにやついた顔はどうにかならないか。もう一発いくか?」


「結構です……」

 そのスタイルの水着姿を想像したら、にやけちまうのは詮無き事。

 とにかく、軍服で泳ぐのは良くないと反対する。


「心配するな」

 おお! ゲッコーさん。有りましたねそんなの。

 ゲーム序盤の潜入で使用した装備じゃないですか。

 ウェットスーツに、水中スクーターにフィン。

 忍者が巻物を口にくわえるようなデザインの酸素ボンベ。

 準備万端だな――――。


「うん、動きやすい」


「だろ」

 うん――、よい。よいぞ。


「鼻の穴が膨らんでますよ」

 いちいち指摘しなくていいんだよコクリコ。

 

 普段のタイトな白の軍服以上に、ピッチリと体に沿ったウェットスーツを身に纏った、ベルのけしからん我が儘ボディはたまらんです。

 スーツに押しつけられてたまるか! とばかりに、お胸様アバカンが抵抗しているわけですよ。


「視線が許せん!」

 

「あぅいたっ!」

 ベチーン! と、豪快な音。

 手にしたフィンで、思いっ切り頭を叩かれた。

 ハリセンじゃないんだから……。


「真面目な顔で待っていろ。ところでコレは?」

 水中スクーターの説明を簡単にゲッコーさんから受けると、


「あらためて。では、行ってくる」

 と、ベルが言えば、ゲッコーさんもスーツを着込んで、共に海へと飛び込む。

 とぷん。と、重量を感じさせない小気味のいい音。無駄に水音を出さないところは流石である。

 

 さてさて、主力の二人がいない状況。魔女っ子と二人は不安になるな。

 不安と言えば――、


「海の中ってモンスターとかいないのかな?」

 ファンタジーな世界だからな。鮫よりもおっかないのがいそうだよな。


「普通にいますよ」

 いるのかよ! やばいよ……。二人ともファンタジーな海のモンスターの存在は知らないままだぞ。


「大丈夫です。こんなにも大きな船が浮いてたら、クラーケンだって逃げますよ」


「え……、クラーケンっているの?」


「はい」

 自分の腕をイカの足みたいにうにょうにょと動かして、去っていく海賊船くらいの大きさなら、海の中に引きずり込むそうだ。

 ミズーリなら問題ないとの事だから、乗っていれば危険はないみたいだ。

 クラーケンが巻き付いてきたら、きついのをぶちかますだけだ。


 ――……とりあえず怖いから、露天艦橋から、外も窺える艦内へと戻る。

 

 ――――艦内に備わった双眼鏡で小島を見ていると、反撃するためか、防衛のためなのかは分からないが、港では、海賊たちが忙しなく動いている。

 

 人質を盾にするとか、そういう行動は今のところ見受けられない。

 海賊船が接岸して、乗ってる奴らから情報が伝われば、人質を利用した行動にも移るだろうな――――。


「勝てると思ってるのが愚かですね」

 逃げた海賊船の乗員達が合流している。

 それを俺のとなりにて、双眼鏡で眺めるコクリコが、哀れみを込めて口にする。

 

 根城に元々いた海賊たちは、備えた装備でどうにかなると考えているようで、港にバリスタを運んで、ハンドルをグルグルと回して弦を引けば、槍サイズの矢を装填している。

 

 迎撃態勢はとっているが、未だに人質を使用するというアクションは起こさない。

 

 想像だが、仮にあの島に人質がいたとしても、海賊たちからしたら、人質というより、大事な商品としての意味合いが強いのかもしれないな。

 

 だから、人間の盾という発想が、そもそも案として出てこないのかもしれない。

 だとすると、こちらとしてはありがたい。

 人質として扱わないなら、潜入のスペシャリストが上陸した後、幾分か楽に行動できる。


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