PHASE-1263【ヌルテラ】

 驚きの表情で見合っていたが、ここでガルム氏へと視線を戻し、


「もしかして、乗っているのって――デイヴィ・ジョーンズ? たこ足のヒゲやカニのような腕をもった怪物?」


「違う」


「違うんだ」

 よかったような、ガッカリしたような。

 いたらいたで間違いなく俺達の敵になる存在だろうけども……。


「デイヴィ・ジョーンズはフライング・ダッチマンを追いかけている溟海王レヴィアタン幹部で、海底監獄の主だ」


「結局いるんかい!」


「いるにはいるが、風貌は違うぞ」

 予想とは違っても、存在はしているんだな……。デイヴィ・ジョーンズ……。

 でもってやはり敵のポジションなのね……。


「じゃあフライング・ダッチマンに乗っているのは?」

 ゲッコーさんの声は些か残念さが混じっていた。

 デイヴィ・ジョーンズだったらテンションもまた違ったものになっていたのかもな。


「エーンザームという船長が一人だ」


「一人でガレオン船を動かすのか」


「ああ」


「凄いな」

 ゲッコーさんの感嘆に対し、


「そうか?」

 ガルム氏は冷静。


「勇者は一人でガレオン船の五倍以上はあるような船を動かしているだろう」

 そう継げば、ゲッコーさんは「まあ、確かに」と、納得。

 でも俺のようにプレイギアで動かすってわけじゃないだろうからな。

 魔法なんかを動力としたファンタジーパワーで動かすってことなんだろうな。


「どんな人物なんです?」


「レイスだ。人と同様の姿をしたな」

 レイスとなるとアンデッドか。

 リンの近くに常にいるであろうポルターガイストのオムニガルのような存在と考えていいだろうな。


「まずはエーンザームなるレイスの力を借りないといけないわけか。現魔王軍から逃げていることから、話し合えば協力はしてもらえると考えてもいいですよね」


「いいだろうが、まずは見つけないとどうにもならん。それに海となると瘴気が蔓延している。勇者とその一行。そして我々なら問題はないが、主力となる兵士たちは活動できない」


「そうなんですよね」

 どのみち南伐の先の話でもあるんだよね。

 蹂躙王ベヘモトが拠点にしているこの大陸の南の地を奪還してから魔大陸ってことになるだろうからな。


「魔大陸へと赴く場合、策源地の確保を考えると、南伐がなによりも優先されますので深海都市はその後ですね」

 俺の考えを先生がまとめてくれるように代弁してくれる。

 フライング・ダッチマンを探すにしても脅威が多いのは困る。南伐を成功させて少しでもこちらが有利な状況で探さないとな。

 

 ただでさえ海上となれば人間は不利だ。

 以前に出会った水系の脅威となると――シーゴーレム。クラーケン。マーマンフラップ。サハギンの上位亜種であるマレンティ。


 まだ見ぬ難敵だっているだろうからな。

 海で好き勝手に動ける連中に対して、船上という限定された場所だけで戦うのは兵士たちには厳しいものがある。

 何よりも王都兵は陸戦がメイン。船上戦闘となれば、殆どが戦いを経験したことがないかもしれない。


「――何もかもが後だな。先生」


「なんでしょう」


「王都兵や参加している各地の兵士たちには、船上戦闘の訓練をさせないといけませんね」


「ほ~」

 感心した声が先生から上がる。


「どうしました?」


「いえ、大局を見る事が出来ております」


「先生と比べればまったく見えてないですけどね」


「いえ、十分です。後は我々のような後方担当が頭を捻りますので。海軍調練は湖などを利用しましょう。船上戦を経験している者ならば――」


「貴族だろうが、海賊、水賊だろうが登用してください」


「貴賤上下の差別なく――ですね」


「唯才是挙でよろしくお願いします」


「この荀文若――海戦に適した者達を推挙してみせましょう」

 と、ノリノリで言ってくれるところは本当に頼りになる。

 適材適所と人材発掘の神である先生に任せておけば、この辺の心配は皆無。

 今までと違って丸投げするんじゃなく、今後は推挙された面子の名前と顔は覚えていかないとな。

 前線にいるとどこまで出来るかは不安だけども……。


「エーンザームを探すのはまだ後でいいのだな?」

 と、再度の確認をしてくるガルム氏。

 なので首肯で返せば、


「どのみちフライング・ダッチマンを探すのは現状では難しい。加えて海中と海上を行き来して逃げ回っているからな」


「大海で一隻の船をなんの手がかりもなく見つけるってのは――」


「不可能に近いな。だからこそ溟海王レヴィアタンからも逃げ切れているのだからな」


「でもいつまでも逃げ切るってのは難しいですよね」


「その為にも南に充満している瘴気の浄化は急がないといけないだろう。人類を中心とした勢力が南征となれば、蹂躙王ベヘモトだけでなく溟海王レヴィアタンも南征に対抗するために注力してくるだろうからな。そうすればエーンザームのヤツも少しは楽になるだろう」

 逃げてる御仁が楽になるのはいいけど、こっちとしては嫌な事でもある……。

 三百万を超える兵を擁するのに加えて、更に増援もあり得るわけだからな……。

 

 ――まあそこは先生の策に期待しよう。

 蹂躙王ベヘモトは袁紹みたいにしてやろうと思っているみたいだからな。


「一応ですけが、先の事のためにもフライング・ダッチマンに特徴なんかがあれば教えてください」

 探す時の情報は少しでも知っておきたいからな。


「絵に描いたようなガレオン船からなる幽霊船だ。幽霊船だが幽霊船然としていない。不気味さのない立派な造りだ」


「そうですか」


「あとエーンザームが共に過ごすモノが目印としては最適だな」


「え? 一人で船を動かしているんじゃ?」


「船はエーンザームが一人で動かしている。船の回りで共に行動しているのがいるんだ」


「その共に行動しているって存在が目立つんですね」


「そうだ。なんといってもクラーケンだからな」


「うっ……」

 クラーケンという名が出たところで、ベルの方向から弱々しい声が漏れる。

 クラーケンといえば――ヌルヌル、テラテラで巨大。でもって凶悪凶暴なイカ。

 そのデカいイカのヌメヌメの足――正確には腕に捕まった時のベルはエロさが秀でていたな~。

 当の本人は感情まる出しの怒りによる青い炎で瞬殺したけども。

 懐かしくもあり、王都に帰ってきてからの約二週間の間に、保存していたその部分を堪能させてもらったのは誰にも言わず墓場まで持っていこう。


「さしもの最強殿もクラーケンとなると気後れするようだ」


「いえ、瞬殺はしてるんですけどね。ヌメヌメ、ヌルヌルが苦手でして」

 引きつった表情を顔に貼り付けたベルに代わり俺が説明すれば、ここでもガルム氏は捕食者のような鋭い目を大きく見開いていた。

 海の生態系において海王の一角とされるクラーケンを瞬殺ということが信じられないという驚きの反面、この人物なら可能なのだろうな。という得心もあるのか、やおら首肯していた。

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