PHASE-500【障壁】

 ベレー帽を左手で取ろうとする仕草を見た瞬間。俺はデスベアラーの左脇を通り抜けるようにして全速力で開かれた方へと疾駆する。


 ――が、


「残念だったな。隙を作り出させたのは良かったが」

 今回は、壁の内側が見えなくても、言葉を交わさなくても分かるとばかりの絶妙なタイミングで、野狐が壁を築く。

 これで完全に四方を封じられたわけだ。


「さあ、終わりにしよう」

 フランベルジュの切っ先を俺へと向ければ、揺らめくような剣身を大仰な動きで掲げ、大上段から一気に振り下ろして、俺を仕留める。と、動作で伝えてくる。


「ああ、終わりにしたいね」

 これは俺にとっては最高のセッティングだ。

 野狐に対して感謝すらしたい。


「いくぞ」

 と言われれば、こちらも覚悟する。


「スプリームフォール!」

 大音声にて発せば、


「「なに!?」」

 と、デスベアラーと壁向こうの野狐が、声を合わせて驚いてくれる。

 そうだ。大魔法だよ。しかも詠唱破棄スペルキャンセルだ。こんな狭い場所で、詠唱を破棄された大魔法を咄嗟に躱すのは難しいぞ。

 

 ――――術者は別だけど。

 使用する者としない者では、心構えや準備が違うってものだ。

 大上段に構えるデスベアラーの直上からは、カスケードなんかが比較にもならない水量が降り注ぐ。

 一瞬にして白銀の体が、床に押しつけられるのが見えた。

 屋外や広い場所と違い、この水量はこの室内のものを飲み込む勢いだろう。

 今はまだ壁によって覆われたところに水は注がれるけども、時間の問題だ。

 

 この間に俺は跳躍して壁の一番上まで移動し、残火で壁を斬って、壁の外へと脱出に成功。

 野狐も驚いているようで、斬ったところの壁は修復されることはなかった。


「よし!」

 ゲッコーさん達と合流してから、


「とりあえず高いところに移動しましょう」


「お前、無茶するなよ」


「無茶しないと殺される相手ですので」

 大急ぎで室内の最奥――、台座に乗せられた金魚鉢みたいな球体がある場所まで、皆してダッシュ。

 突如として現れた巨大な滝に意識を持って行かれた護衛軍をよそに、ベルも俺たちと合流する。


「久しぶりに使用したな」

 別段ベルは、発動に対して気にしないといった口ぶり。

 ベルの身体能力ならどうとでも対応できると考えているんだろう。


「今までが使用出来ない状況だったからな」

 侯爵の別邸で使用したら、別邸が半壊するからね。

 その前だと、山ではシャルナに、森が破壊されるから使用禁止って言われてたな。

 確か、頭を叩かれた記憶もある。しかも大事にしている弓で。

 でも今回は敵の拠点だし、使用してもいいよね。

 

 まあ……、野狐の作り出した壁からピューって、水が既に出てきているけども。

 しだいにピューの箇所が増えていってるけども。

 ビキビキと音を立ててヒビ割れして、そこから勢いよく水が溢れてきているけども。


「「「「うわぁぁぁぁぁ!?」」」」

 そうなればあっという間に決壊。

 決壊した水が一気に室内へと放出されれば、護衛軍を瞬く間に飲み込んでいく。


「このままでは我々も飲み込まれますよ! トール!!」


「いや~予想以上の水量ですな」

 よくもまあこんな魔法を俺はワックさんが囚われていた山賊のねぐらに対して使用したもんだ。

 下手したら、俺はワックさんの命を奪っていたな……。

 ゴロ太にとって、俺は勇者ではなく仇。

 でもって、ゴロ太の仇の助っ人に、ベルって流れですね……。

 ――……いや本当に……、ワックさんが無事で良かった…………。


「おいおい……」

 少しでも高いところへ移動しようとするゲッコーさん。

 台座から大きな金魚鉢へ――、

 俺たちもそれを真似る。

 勢いよく水が一帯に広がり、四方の壁にぶつかる水が押し返されれば波となり、大きな波へと姿を変えて、俺たちの方へと迫ってくる。


「これは予想以上だな」


「まったく! トールはまったく!」

 コクリコの琥珀色の瞳が、俺に対する怒りに染まる。そうだな、お前ではこんな凄い魔法を使う事なんて出来ないもんな。

 まあ、そんな事で怒っているわけじゃないだろうけど。

 呆れが怒りに変わったんだろうな。

 

 迫る高波。下手したらさらわれて溺死だ。

 更に高いところを目指そうと思っていたところで、


「おお!?」

 突如、俺たちの前に大きな壁が現れる。

 野狐が使用する大地系の魔法と違い、シャルナのプロテクションと同様の半透明な障壁だ。

 ただし今までの魔法障壁とは規模が違う。金魚鉢の周囲と、他を隔絶するかのような障壁。

 大波が障壁にぶつかるが、しっかりと防いでくれる。

 押し寄せてくる幾重もの大波の驚異も、お構いなしとばかりに耐え、はじき返す。

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