PHASE-464【併走しないでください】

「どうした? というか不用意だぞ馬鹿者」


「…………」


「聞いているのかトール!」

 ベルのお叱りは理解しているんだが……。


「おい、トール!」


「デカかった……」


「は?」


「なんか二メートルくらいある狼男みたいなのが、俺の事を天井から蹲踞の姿勢で睨んできた……」

 俺は完全に捕食される立場だった。

 捕食者としての鋭い眼光は、俺の心胆を容易く氷の国ニヴルヘイムへと招待してくれた……。

 大体、あんな静かな着地音だったのに、なんなのあのデカさは……。

 普通はゴブリンサイズとかだと想像するじゃないか。悪い意味で期待を裏切ってきたよ。

 

「おお、トールの言うことは確かだ」

 ゲッコーさんの頭がドアウインドウ側に向けば、俺もそれに追従。


 ――…………。


「ゲッコーさん。いま何キロ出てんですか?」


「現在……七十キロだな~」


「併走してますよ。狼男……」


「そうだな。ヴァンパイアの作り出した影の狼男なんて相手にならないな……」

 身体能力の凄いのがハンヴィーと併走。

 天井にもいるし、


「こっちにもいます!」

 コクリコの声に反対側にも目を向ければ、間違いなく併走している。

 完全に野生動物が集団で行う狩だ。

 獲物はハンヴィー。

 でもって、鋼鉄の軍用車の中にいる俺たち……。


「動いているな」

 天井の一人が再び行動開始。

 ゲッコーさんの警告に皆して構えれば、天井からボンネットへと移った狼男。

 俺たちにしっかりと自分の姿を見せつけてくる。

 時速七十キロで走行しているなんてお構いなしなバランス感覚で、巨大な槍を高らかに掲げ振り回す。

 穂先はよく磨かれているようで、日の光を反射させる。

 狙われている側からすれば、禍々しい輝きだ。


「しまった!」

 ハンドルが乱れる。

 穂先が日の光を反射し、それがゲッコーさんの顔に向けられたようだ。

 偶然ではなく、手段として実行した。

 知能も高いようだ。

 ハンヴィーの乱れに乗じて、残りの二人も急接近。

 目眩ましをしての三人同時攻撃。


「これはかの有名な、ジェット・スト――――」


「待ってください! ガルム様!」

 俺の体を背もたれへと押しながら、上半身を窓から出してランシェルが叫ぶ。

 出来れば最後まで言いたかったけども、気になる名前だ。

 ガルム?


「ん――? お前はコトネのところの」

 ボンネットに立った狼男の攻撃モーションが中断。

 攻撃を受けるのも嫌なので、刺激しないようにゆっくりと速度を落として停車。

 

 攻撃態勢から警戒態勢へとレベルがダウンするも、狼男三人がハンヴィーを取り囲む状況は変わらない。

 大きな穂先は今も尚、地面に向けられる事はない、いつでも俺たちを狙える角度だ。


「失礼いたします」

 ドアを開けてランシェルは外へと出ると、狼男の一人と合流。

 リーダーと思われる先ほどまでボンネットに立っていた、ガルムなる者と話をしている。

 

 ガルムの風貌は、トレンチコートに似た、茶褐色の革のローブで身を包んでいる。

 人間のように五指からなる手だが爪は鋭い。

 ローブと同色で、同素材と思われる半長靴を履いている。

 それ以外から露出した顔や尻尾の体毛は赤銅色。

 残り二人の狼男も同じローブを纏い、黒の毛並みと群青の毛並み。

 この二人は、ランシェルとガルムが話し合っている最中にも、俺たちがおかしな動きをしないように、炯眼にてこちらを射抜くように睨み、動くなと暗に伝えて牽制してくる。

 

 同じタイプのコボルト達とは全くの別物だな。

 大人の身長でも、人間の子供サイズのコボルトと違い、狼男たちは二メートルを 超えている、でもって膂力も凄い。

 だが、なんと言っても脚力だ。

 見るからに超重武器とわかる槍を手にして、速度が七十キロ出ていたハンヴィーと併走していたんだからな。

 戦闘が苦手とされる亜人コボルトとは正反対の亜人のようだ。


「あの、大丈夫ですよね……。まさかここに勇者一行を連れてくるまでが、策略って事はないですよ……ね?」

 不安に襲われているコクリコ。

 確かに敵だらけであろう魔大陸で孤立状態になれば、俺たちはかなり危険な状況に陥るだろう。

 警戒はしておいて損はない。

 ベルだってレイピアの柄に手を添えているからな。

 

 ここはプレイギアから第三帝国の凄いヤツをハンヴィーの横に召喚して、驚かせつつ盾にして、逃げる準備をするのもいいかもな。

 

 ガチでこの大陸の全てが敵になった時には――――、アレを召喚するしかない。

 皆を無事に生き残らせる事が出来る最終手段。

 実際に実行することになれば、破壊と大虐殺の上に築き上げる味方の無事だけども。

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