PHASE-463【一狩行きそうなロマン槍】
「さっさと行きましょうか」
発進し、ゲッコーさんが西へとハンドルを切る。
瘴気は少ないと言っただけあり、今のところ目にはしていない。それどころか平野は緑が生い茂った、自然豊かな土地である。
作物を耕すのによい土壌だ。
放牧にも適しているだろう。
牧歌的な風景は、魔大陸というおどろおどろしい名を冠する世界とはかけ離れた
ものだった。
ずっと見ていられる光景。
こういうゆったりと時が流れる所で、おにぎりとか食べると最高だろうな~。あ~米が食いたい。
「おっと!」
「おわ!?」
俺が白米に思いを馳せていると、ゲッコーさんが急ブレーキ。
キィィィィィィィって、耳を劈くようなスキール音と共にバランスを崩す。
「…………トール様……」
隣に座るランシェルの股部分に顔がダイブ。
「断じて違うぞ。これは不可抗力だ!」
お願いだから頬を紅潮させないでくれ……。男なんだからさ。
正直、まだコクリコの方が良かった。欲を言えば、後部座席ならシャルナが隣だと最高に嬉しかった。
こんなラッキースケベは本当に嫌だ……。
「「うわ~」」
やめろ! 俺を侮蔑の目で見るな。しかもこうだったら良かったと思っていた二人に見られると、邪な気持ちもあるから、ムキになって対抗できない。
「どうしたんです? らしくない運転ですよ」
居住まいを正して、急ブレーキの原因を問う。
「おお、ハンヴィーの前にでかい槍が飛んできてな」
「煙草だけでなく、飲酒もしてるわけじゃないですよね?」
「飲むわけないだろう! 良識ある大人だぞ」
「分かりましたよ。でもでっかい槍っていう言い訳はどうなん――――でかっ!」
ゲッコーさんが珍しく驚いた表情だったのが理解できた。
眼前には、確かに槍が突き刺さっている。
大人の腕回りくらい有りそうな太い柄だ。柄の長さは二メートルほどはあるだろう長槍。
驚くべきは穂先だ。
Vの字のような形状で、柄の半分ほどまで刃が伸びている。
槍と表現するより、五、六メートルある巨人が使いそうな剣と例えた方がいいかもしれない。
ゲッコーさんが表情だけでなく、驚いた声を上げるのも頷ける。
あんなもんが急に車の進行方向に飛んできたら、誰だって驚く。
俺が運転していたなら、間違いなく横転させていただろうな。
「来るぞ!」
言いながらバックして、ハンドルを切ってから槍をかわし、そのまま急発進。
後ろに体を引っ張られながらも、ゲッコーさんの来るぞ発言の存在が気になり、俺は周辺を見渡す。
が、何も発見できなかった。
先ほどまで脅威はないとの認識だったが、ゲッコーさん同様にベルも警戒を厳にしている。
切れ長の美しい目は、刺すような鋭いものに変わり、天井を見上げる。
続いて口を開き、
「警戒しろ!」
と、語気は緊迫したもの。
これは切羽詰まった状態じゃないでしょうか。
前列の二人が滅多に見せない、強張った表情になっている。
ベルの警告から直ぐに、天井からトットッと、小さな音がした。
まるで猫が着地したかのような音。
車中では残火は抜けないから、籠手を上に向けて防御の姿勢。
皆には身を低くするように伝える。
次の瞬間、ギャリギャリと金属の劈く音と共に……、
「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「うるさいぞ」
ベルからお叱りを受けるが、そんな状況じゃない。
俺の目の前。つまりは俺とゲッコーさんの間に、槍が突き刺さった。
この槍が、先ほどハンヴィーの進行方向に突き刺さっていた槍だというのは分かる。
地面に突き刺さった後があるからだ。
穂先には土がつき、切り潰された若草の芳香が鼻に届く。
うそだろ……。
地面に突き刺した槍を回収して、走り出したハンヴィーに追いついて、そこから天井に着地する……。
というか、防弾使用だぞ! 7.62㎜くらいなら耐えうる防弾使用のハンヴィーだぞ。
なんで槍がこんなにも深く突き刺さるの!
「やべぇ馬鹿力が車の天井にいるぞ」
咄嗟にFN-57を取り出す俺。
「落ち着けトール! 防弾車両だ。撃っても意味がない。むしろ車内に跳弾の可能性がある」
パニックになっているから思考が安定しない。
ゲッコーさんの怒号にも似た静止がなければ、危うく引き金を引くところだった。
「これあれか! 噂のレッドキャップスか!?」
槍を回収してハンヴィーの天井に追いつくって芸当は、コトネさんが言っていた瞬間移動ってやつだろう。
それなら合点がいく。精鋭部隊が攻めてきたってことだろう。
いきなりの強敵出現か!
「いえ違います。この槍は――――、間違いありません」
ランシェルがなにか気付いたようだが、問いかけたいがそうもいかない。
眼前の槍が金切りの摩擦音を立てながら、引き抜かれていく。
次の攻撃がくると判断した俺は、窓を開けて上を見る。
天井に着地した軽い足音からして、天井に立っているのは小柄な存在だと推測。
小柄で怪力の持ち主の正体を拝んでやる!
「おいコラッ! デッカい武器を使っていいのは、華奢な美少女だけって相場が決まってんだよ! 小さくても美少女じゃないと……駄目な…………」
――……俺は静かに、そして急いで顔を引っ込めた…………。
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