PHASE-1023【目指せ名領主】

「じゃあ、行きますかね」


「うむ。勇者である以上、無理はするなとは言えんが、無事でいてくれ」

 今にも泣き出しそうな爺様と、


「こちらは万事お任せを」

 と、頼りになる発言と典雅な一礼による荀攸さんに見送られつつ、公爵邸の敷地から市街へと繋がる門を潜る。


「――――おお!?」

 潜って直ぐ、耳朶に届くのは――歓声。

 俺の姿が出てきたところで、大気を震わせる歓声が巻き起こる。


「何これ?」

 ダイフクの上から見渡す大通りへと続く道では、多くの領民が笑顔と声を俺に向けてくれる。


「皆が我が孫を見送りに来てくれているのだ」

 爺様はご満悦。

 ――……というか、敷地内での見送りで済ませないでついてくるんすね……。

 

 今まで畏怖の対象でもあった貴族。

 その貴族の中でも畏怖の頂点にあったのが公爵家。

 カリオネルの馬鹿が無茶をしてくれたお陰で、公爵家に対する領民の恐れというのは、俺が想像できない程に大きかったはずだ。

 その反動もあるからこそ、俺に対しての歓声は大きいんだろう。

 王様たちを見送った時には、歓声は王様たちに向けられてばかりでちょっと寂しかったりもしたけど――、


「なんだよ。俺ってちゃんと人気あるじゃないか」

 領主なのに嫌われていなくて良かったと安堵。

 歓声を受けての気恥ずかしさと、体の底から熱くなってくる気持ちよさが同居している。


「当然だろう」

 今まで悪政を敷いていたカリオネルの排除。

 奴隷解放を諸侯を従わせたことで、奴隷を生み出していた各地での小競り合いもなくなった。

 ミルド領にて悪さをしていた傭兵団も討伐した事が知れ渡っているから、俺の人気は天を衝くと爺様は嬉しそうに語ってくれる。


「お、男爵」

 ククナルの町からまたここまで来てくれたのか。

 欲に目は眩みやすいけど、意外と人を見る目はあったりする人物。

 俺に近づくことはなかったけども、男爵をはじめ各地の諸侯たちも俺を見送るために馳せ参じてくれたようだ。


 ネポリスからはアビゲイルさんも来てくれている。

 多忙な最中わざわざの見送りはありがたい。


「俺はこれから勇者としての立場に戻ります。なので各地の治安維持と、来たるべき魔王軍との戦いのために準備は怠らないようにお願いします」

 歓声の中でそう伝えれば、諸侯たちからはしっかりと返事が来る。

 強い返事は信頼の証だと思いたい。


「それにしても凄いですね」

 馬車から顔を出すコクリコは満足げ。領民たちに笑顔で手を振る。

 手を振れば、自分に向かって歓声が返ってくるもんだから大層に気持ちよくなっているようだ。


「コクリコを調子づかせるのもよくないからな。さっさと行こうか」

 ダイフクの横腹を軽く足で叩けば、常足から速歩となってくれる。

 それに続いて車両と馬車も続く。

 振り返れば荀攸さんが笑みを湛えて手を振り、爺様は寂しそう。まだついてこようとしてたので掌を見せて押しとどめた。

 このままだと公都外周門までの見送りどころか、下手したらミルド領の外まで見送りに来そうだからね。

 早々にお別れしとかないと、孫ロスが長引きそうだ。

 政務にやる気がでなくなるのも困りものだからな。

 なのでさっさとここから離れよう。爺様のために。

 とはいえ結構、長居したからな。

 俺も寂しくはある。

 特に領民から歓声で送り出されるというのを知ってしまったからな。

 

 ――でもやっぱり、


「ちょっと恥ずかしい」


「素直に受け取っておけ、この歓声を受けながら公都内を移動する事になるだろうからな」

 と、ゲッコーさん。

 各地で好き放題やっていた傭兵団の討伐に喜ぶ領民。

 でも歓声は俺だけでなく、その傭兵団にも向けられている。

 もちろん、俺の配下という立ち位置として見ているから歓声が上がるんだろうけど、これが傭兵団だと知られれば、罵声と石を投げられるってもんだ。

 内心ドキドキでもある。


「頼むから、もうあの毛皮からなるマントは二度と使用するなよ。これは公爵としての命令」

 あのマント=傭兵団だからな。

 横にいるマジョリカにしっかりと釘を刺せば、素直に返事がくるのは助かる。

 

 ――――。


「では我々はここで」


「ああ」

 俺達が通るというのが分かれば、どんなに時間が経過しても領民からの歓声はやまない。

 ゲッコーさんの言ったように、公都内を移動する間は常に歓声を体全体で受け止めることになりそうだ。

 その公都内の道中でマジョリカ達とはお別れ。


「ちゃんと貴族然として働けよ」


「貴族然か――私の知る貴族然だとろくな事にならんな」


「そんな貴族は忘れてしまえ。俺を手本にしろ」


「ハハッ、冗談」

 あ、本気で笑ったな……。

 俺だって結構がんばってたんだぞ。主に荀攸さんと爺様の考えをそのまま承認しての押印作業だったけど。と、返せば、更に笑いが返ってくる。

 嗤いではなく――笑い。

 マジョリカの感情が豊かになったのはいい傾向だな。


「んじゃ。見送りに来てくれた諸侯にも言ったけど、有能な部下達と共に来たるべき時には頼むぞ」


「分かっている。そもそも私には兵権がないからな。お前の私兵として行動するのだ。お前が号令をかければ即、動いてやる」


「それは助かる」


「大いに感謝しろ」

 ――……私兵っていうポジションは理解してんだよね……?

 言い様は完全に上から目線だけども……。


「副長と補佐達もしっかりと頼むぞ。しっかりと新伯爵を盛り立てて、領民と一緒になって汗を流せよ」


「従おう」

 三人を代表してガリオンが返事。

 傭兵団としてのコイツ等はもう死んでいるという事にしているので、ガリオンは副団長から副隊長。

 ガラドスクとシェザールは隊長補佐というポジションになってもらった。

 マジョリカは伯爵兼公爵私兵の隊長というポジション。

 コイツ等には今まで荒らしてきた分、荒らした以上の発展を成し遂げてもらわないとな。

 

 女性S級さん四人の監視付きの中で、マジョリカ達は南西の方角へと進んでいく。

 公都を去るマジョリカ達の後方にはしっかりと愚連隊も続く。

 抑制を嫌う無法者ではあるが、強者には従う精神は末端まで行き届いているようで、歩みは素直なもの。

 団長から領主へと変わっても、愚連隊を御せるカリスマ性は健在。

 

 存外、マジョリカは名領主として後世に名を残すかもね。



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