PHASE-139【矢庭に魔法発動】

「おい! まずいんじゃないのか! 無理するな」


「無理をしなければいけない相手だと言ったはずだ」

 青い髪のベル。

 じっと俺を見て返してくる言葉に、俺はもう何も言えない。


「誇るがいい火龍よ。この私を些かだが本気にさせた」

 まったく、無茶してるのに、些かとか、強気は崩さないんだからさ。

 

 まったく! まったくもって頼りにならないな! 俺は!!

 ここで何とかしないといけないのが勇者なのに!


「く……」

 助けたいのに! 助けられない歯がゆさ。

 下唇を強く噛みしめていたようで、鉄の味が口内に広がる。

 流れ出たのは口から顎を伝って、地面に落ちる。

 

 地面は火龍によって相当に熱せられているようで、垂れた血が、ジュっと音を立てて湯気を上げる。

 口内だけでなく、鼻孔にも鉄の臭いが届き、不甲斐なさに顔を伏せてしまった……。


『清き心で救いたいと思う気持ち。しっかりと受け止めました』

 なんだ!? 急に頭の中に声が響いた。

 

 女性――――、いや、女の子の声。

 なぜに女の子?


「誰だ?」

 急に俺がそう言うもんだから、二人が首を傾げてしまう。

 やはりと言うべきか、俺にしか聞こえていないようだ。

 

 問いかけには返答が無い。

 かわりに――、


『唱えてください。顕現します』

 なにを? と、考える暇もない。

 ダイレクトに頭内に流れ込んでくる、イメージと名前。


「スプリームフォール」

 更に俺が口を開くものだから、二人は心配する視線を送ってきた。

 

 それでも集中をきらさずに、ベルは防御。

 ゲッコーさんは反撃の機会の為の、武器選定。

 怠りないのは流石である。

 

 でも、二人の集中が若干だが途切れる事になる。

 俺が発した言葉が原因なのは、俺を含めた、ここにいる全員が理解できた。

 

 火龍の頭上を包むように、虚空から顕現した暗雲。

 暗雲が垂れ込むと、雲はどんどんと広がっていき、そこから滝のような水が流れ出す。


「グァァァァァァァァァァ!?」

 瀑布の水圧により、二足の火龍が、強制的に四足にさせられ、熱せられた体に水が降り注げば、濛々とした水蒸気が広間を覆う。


「おいおい、サウナストーンじゃないか」


「確かに。その通りですね」

 蒸し暑くてかなわん。

 装備している皮の胸当てを脱ぎたくなる。


「で、これはいつ止まるんだ?」


「分かりません」


「と、言う事は、やはりトールが使用したんだな。この魔法を」


「どうやら、そのようです」


「凄いな。コクリコと違って、明らかに初歩魔法じゃないな」

 ですね。言葉を交わすゲッコーさんの驚きよう。

 コクリコのファイヤーボールとは次元が違う魔法だ。

 

 火を司る、この世界の事象の存在。

 その存在を拒絶するかのような水圧。

 自分で唱えて何だが、とんでもない威力である。


「グォォォォォォォ――――」

 明らかに咆哮には苦しさが混じっている。


「効果はあるようだ。火に対して、水はやはり強いな」

 青髪のベルが、頬の汗を拭いつつ、感嘆の声。

 

 初めての魔法は、凄い魔法だった。

 スプリームって名を冠しているからな。

 大魔法クラスで間違いないだろう。

 

 瞑想が功を奏したのかもしれない。

 とうとう俺も、魔法を使える男になった。

 

 それもいきなり大魔法だ。俺は天才なのだろうか!


「反撃だ」

 肩で息をするという、いままでに見た事のないベルだが、それでも上から引っ張られているように、真っ直ぐな背筋で口を開く。

 凛とした姿は、絶対に崩さない。


「よし! やろう!」

 反撃と言うだけあって、俺の魔法によって、火龍の攻撃は止まった。

 魔法が使えるようになったんだ。チャンスである。ここは強気にいかないとな。


「頭部の黒いクリスタルを破壊してやる!」


「頼むぞ」


「ん?」

 なんで俺に託すの。ベル? ここぞという時は、全て俺がやる役なの?

 

 ボス戦は基本、毎度、俺だよね。

 

 俺としては、召喚した強者たちに、俺の代わりに戦ってもらう腹積もりなんだけども……。

 

 そう言いたいのも山々だが、ここまできつそうなベルは見た事ないし。

 ゲッコーさんも俺たちのためにタゲ取りを頑張ってくれたし。

 

 となると、この中でほぼ何もしてないのって、俺だけだし。

 いや、しかし、マレンティとの戦いは俺が担当したわけだし。

 

 ――……色々と考えていたら、


「やはり締めは、新たな力を手に入れた、勇者が決めないとな」

 なんて余計な気づかいが出来る渋い声だ……。

 

 甚だ迷惑です! 一緒に戦えばいいじゃない!

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