PHASE-804【カツーン】

「それで勇者様。条件とは」


「ぬう……勝手に話を進めるか……」

 王様が渋面を四男坊に向ける辺り、本当に嫌なようだ。

 というかほぼ伯爵と同じリアクション。


「勇者ってのは豊饒の鮮血の上に立つ存在なんだそうです。だから誰よりも前にいないといけないんですよね」

 先生の受け売り。

 言ってみても王様は首を縦には振りたがらない。

 俺が負けるって事は思ってはいないとは思うけど、だからといって戦って勝てる中でわざわざ一騎討ちに応じるのはどうかというのは、リアクション同様に伯爵と同じ考えのようだ。

 

 俺としてはそれが嫌なんだけどね。

 豊饒な鮮血の上に立つといっても、わざわざ好きこのんで立つ必要はない。

 回避できるならそれを選択するのも当然、勇者としての行動としては正しいだろう。

 なので王様をスルーしつつ、


「条件を出す。俺が勝ったら、そっちは全員この場で負けを認めて投降。撤退なし。投降のみ!」


「勿論です」

 おお! 即断即決だったな。

 流石に即決だったからか、周囲の面々は驚いているし、意見を申し立てようとしていたけど、そういった面子に四男坊は手を向けて動きを制していた。


「どのみち戦っても勝てん。集団戦か一騎討ちの違いだ。ならば犠牲は最小限だろう」

 おっと。自分を生贄とするって感じか。それとも絶対に勝てるという自負か。

 どちらにしろ胆力は素晴らしいね。本当に馬鹿息子には勿体ない連中が多いな。


「ならば自分が!」

 征北の中から巨躯な人物が戦いたいと志願すれば、我も我もと志願してくる。

 人望が厚いね団長殿は。そんな四男坊は厚意をありがたく受けつつ、お前達では役不足と言ってきっぱりと断る。


「すみません。お待たせいたしました」


「構わないよ」

 断られながらも食い下がるように、部下たちは自分が代わりにと発するが、それを押しのけつつ俺の前へと立つ四男坊。本当に人望が厚いんだな。


 かくいう俺の方も、ギルドメンバーや伯爵から自分が代わりにと言ってくるけども、全てを却下して四男坊の前に立つ。


「そう言えば俺たちが前回ここに来た時にはいなかったね」


「公都からこちらへと戻ってくる道中でしたので」

 聞けば馬鹿息子の代わりに、公爵へ現在の近況を知らせるため、公都と要塞を往復していたそうだ。

 中間管理職って大変だよね。


「では――お願いいたします」

 手にした槍は食い下がってきた部下に手渡し、無手になれば鞘から剣を抜く。

 抜かれるのはロングソード。

 防具は派手だけども、相反して剣は無骨な作り。装飾も何もない普通の剣だった。

 分かるのは随分と使い込まれているということ。刃幅も本来より細くなっていると思われる、研ぎ続けて使用しているといった感じだ。


 俺の視線が切っ先から柄までを眺めていたからか、


「私が騎士見習いから騎士になった時、初めて手にした剣です。無銘ですが幾度となく窮地を救ってくれました」


「ほうほう」


「なので今回も救ってくれると信じています」


「ほうほう」

 それはつまり、勝つってことね。

 犠牲は最小限と言っていたけども、生贄ではなく、自負のほうだったか。


「悪いけど、そのジンクスは今回は休業だよ」

 ズイッと俺も一歩前へ、後は始めるだけだ。合図が欲しいところ。


「いやトールよ。いかんぞ。勝てる戦いだ。これは実戦であり英雄譚ではない」

 俺が欲するのは合図であって、不認可ではないんですよ王様。

 言ってる事は分かりますよ。俺も思っていたからね。

 英雄譚。漫画。ラノベでもない限り、優位な状況下にある中で一騎討ちなんて受けないってね。

 でもね――、


「俺はですね。英雄譚もラノベも漫画も好きなんですよ」


「ん? 英雄譚は分かるが、その後のはなんなのだ?」

 まあそこは流してください。そして、どいていただきたい。


「下がっていただきたい」

 お、ベル。分かってるね。

 王様と俺の間に立ってくれる。


「いやしかしだな美姫よ――」

 カツーンと響くのは、ベルのヒールが地面を強く踏んだ音。


「下がって――いただきたい」

 同じ内容を王様に再び発せば、


「了承した」

 即答だった。


「そうそう。黙って見てればいいのよ。これは王としての戦い。相手が一騎討ちを望むなら、それを快諾し、王は自分の元にいる剛の者から選出すればいいだけ。そして勝利する。それが王」

 と、ここでリンも参加。

 太祖の時代の英雄であるリンが発せば、他の貴族達も口を挟むという行為はしなくなる。

 まあその前のベルの威圧カツーンで、口は完全に一文字を結んでいたけどね。


「では私が立ち会おう」


「近くで目にすれば更にお美しい。騎士として貴女のような美姫に見届けられるのは本懐であります」

 恭しく一礼する姿は品がある。

 くさい台詞だと揶揄されそうなものだけど、発する者が発すれば様になるんだな。

 俺が言っても嘲笑となって返ってくるだろうけど……。


「両者――存分に己の力量を発揮せよ」

 先ほどのような威圧的なものではなく、小気味の良いカツーンが響く。

 ベルのゴーサインが出たところで、


「征北騎士団団長、ヨハン・クロレス・ドルクニフ。推して参る」


「推して参るならば、この遠坂 亨、受けて立とう」


「ならば! ライトニングスネーク」

 推して参るの宣言通り、先手必勝の四男坊。

 電撃の蛇がのたうち回る。

 先制攻撃でその魔法だったから、てっきりコクリコが空気を読まずに横からしゃしゃって来たかと思ったぞ。

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