PHASE-1295【真の歌舞伎者】

「瓶の出来もいいでしょうが、中身を楽しんでください。作り手もそちらの方が喜んでくれると思いますので」


「うむ。そうだな」

 酒が飲めるとなれば近衛の面々も護衛関係なくビール瓶へと群がってくる。

 完全に護衛を放棄しているけど、誰も注意しないんだよな。

 使命、任務より酒が優先されるってどうなのよ……。

 余所様の国にはそれぞれの考えがあるんだろうから口には出さないけどさ。

 空気を読んでいるのかコクリコも口に出さないし、ミルモンは口には出さないけども、肩を竦めて呆れている。


 ――ビールと一緒に拝借してきた栓抜きを手にすると、それに合わせるように、


「親方様。タンカードを」


「おう、そうだな。急ぎワシと皆の分を持ってきてくれ」

 近衛の一人に返せば、駆け足で取りに行き――戻ってくる。

 樽型ボディからは想像が出来ないほどに俊敏だった。

 近衛としての実力からなのか、はたまた酒を飲みたいという欲によるものなのか。


 親方様に手渡されるタンカード。


「うわぁ……」

 驚きではなく呆れからの声を漏らしてしまう俺。

 以前にも同じような感じになったような気がしないでもない。


「見事であろう」

 と、親方様は俺の漏らした声を驚嘆しているものとして受け取ったご様子。

 親方様の手に持たれたタンカードは青白く輝きを放っている。


「ミスリルですね」


「そうだ! ミスリル製のタンカードだ!」

 得意げに希少鉱物から作られたビアマグをズイッと俺へと近づけて見せつけてくる。

 無駄遣いからなる容器だな。

 いや凄いんだけども……。


「ミスリルでこの様な物を作るという歌舞伎者は、世界広しといえどもこのワシくらいだろうな!」

 ガハハハハ――ッ! と、自らの破天荒さに高笑い。

 凄くはあるけども――驚くことはない。やはり呆れの方が大きいし、既視感も相まってインパクトは弱いものだ。


「コクリコ」

 眼前の容器を容易く上回るモノを所有する人物の名を口にする。

 

「フッ、いいでしょう。使用量から見ても私の得物には遠く及びませんね」


「なに?」

 黄色と黒の二色からなるローブを大げさにバサリと靡かせて、右手を腰へと回して取り出すのは――、


「刮目せよ! これこそが真の歌舞伎者であぁぁぁぁぁぁる!」


「「「「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!!!!」」」」

 親方様を筆頭に、石庭に集まるドワーフ達が一斉に驚きの大音声を上げる。

 コクリコの得物であり、様々な戦いで活躍。使用者の命を救ってきたミスリルフライパンに視線が集まる。


「それで――誰がこの世界の中で随一の歌舞伎者なのでしょうね~」

 ドヤっておられる。

 得意げな笑みを湛えて、フライパンを肩にトントンと当てつつ、驚きで玉砂利に尻餅をついているドワーフ達を見下ろすコクリコ。

 ミスリルフライパンという存在に戦慄いていた親方様がはたとなり、居住まいを正すと、


「参りました……。ワシはこの世界において、第一等の歌舞伎者ではなかったようだ……」

 いままで陽気だった親方様は、自分の所有するもの以上の物を目にしたことにより、両手を地面につけての土下座スタイルによる敗北宣言。


「分かれば良し! これこそが歌舞伎者の証ですよ」

 ――……俺が煽ってなんだが、ドワーフ達の王に土下座をさせるってのはまずいよな……。

 でもって自分で作ってもいない、人様が作ったフライパンでここまでイキれるコクリコも凄いよ。

 まあ、それがコクリコだから――。で、方が付くので楽なんだけども。


「それにしても……。す、凄い……」


「然り、然り……」

 フライパンをコクリコから借り受けて眺める親方様に、ダダイル氏が続けば、唱和するように近衛の皆さんも続く。


「お、そうじゃ」

 凝視していたフライパンからコクリコへと目を向ける親方様。


「ロードウィザードよ」


「なんでしょうか?」


「お主、サーバントストーンもさっき展開したの」


「ええ」

 返事をしつつ、ここでもローブを派手に靡かせて左右の腰に備えたミスリルの箱から、黒と白のタリスマンであるアドンとサムソンを宙に舞わせる。

 ここでもドワーフ達から驚嘆の声が上がる。

 タリスマンであるサーバントストーンにも驚いていたけど、細かなエングレービングが施されている、ミスリル製の箱の作りにも目を注いでいた。


「なんと見事な……。何処で手に入れたのだ?」


「私がこの世界を平和にするだけの力を有していると判断し、この世界の為に使用してほしいということで、プロマミナス・カトゼンカに託されたのです」


「はぁぁぁぁぁあ!? カトゼンカといえば、エリシュタルトのヴァンヤールであるカトゼンカ殿か!?」


「そうです。六氏族筆頭のカトゼンカですよ。彼の者の家に伝わる家宝です」


「おお……。ロードウィザードと名乗るだけはあるのだな……。まさかあのカトゼンカ殿に家宝を託される立場とは……」


「我が偉大さに気付いたようで」

 得意げなコクリコさん。

 誇張は入っているけど、言っている事に嘘はないんだよな~。


「ではそのフライパンも――」

 恐る恐る近衛の一人が問いかければ、


「これは死霊魔術師であり、アルトラリッチでもあるリン・クライツレンのダンジョンで手に入れた物ですよ」


「「「「リン・クライツレン!?」」」」

 凄い驚きようだな……。

 おおよそ五百年前の大英雄であり、増長し亜人たちに対して差別的な行動をとるようになった人間達に愛想をつかした大魔導師。

 だが今現在は勇者の従者として行動しているという話だったが、それは本当だったのか。と、驚いていた。

 

 フライパンを見ればどれだけ精巧に作ったものかというのが分かるそうで、偉大なる英雄が作ったのならば得心もいくとの事だった。

 それほどにこのフライパンには説得力があるようだ。

 青白く輝くのは神々しいが、それを除けばただのフライパンにしか見えないのだが、技巧で名高いドワーフ達はその作りに大いに感心していた。

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