PHASE-1615【品位が底辺】

「長く受付をしている私からの助言。クルーグ商会からは気に入られること。そしてあんた達のような新顔は、ゴールドポンドの稼ぎ頭であるブリオレにも気に入られるのがいいよ。まあ、あの女をあてがったのは正解だよ。女の私から見てもあの女は凄く綺麗だからね。嫉妬よりも先に魅入るもの」


「別にあてがったつもりは一切ないですけどね」


「大人しくあてがっときな。ブリオレも確実に自分のモノにしようとしてるみたいだし」


「確実に?」

 何ともふざけた事を言う。

 まあ見てなよと受付嬢。

 視線を追えば、殺意が湧いてくる。

 あのベルに対して、ブリオレは常に自らの腕をベルの肩へと回している。

 絶対に距離を取らせないとばかりに。

 でもって、隙あらば胸を揉み拉こうとしているのか、視線はそこにばかり向けられている。


 こちらが殺意を覚えるくらいの下卑で幸せそうな笑顔の次には、


「酒を二つとスティミュラントの大瓶一つ。混ぜるのはこっちでする」

 ブリオレがギルド内で注文を出せば、それに従う給仕。


「スティミュラント?」

 酒に混ぜるとはなんか嫌な感じだな。

 受付嬢を見れば、ほらやっぱりとばかりにこちらに笑みを見せてくる。

 決して気分の良い笑みではない。


「やっぱりブリオレはあの美人を確実にモノにするつもりだね」


「スティミュラントってのはなんです?」


「最近クルーグ商会が売り出してる人気の興奮剤だよ」

 興奮剤。

 ――……主に眠気覚ましや戦闘時の恐怖の緩和などに使用されるそうだが、媚薬的な使用法もあるという。

 今では冒険時に使用するアイテムより、性行為時に飲用するための目的で人気な商品だそうな。

 酒と混ぜればどんなに大人しい女でも派手に乱れるとのこと……。

 飲めば男は女が気を失うまで腰を振れる。と、下品なことを楽しげに言う受付嬢……。

 

 混ぜる分量で効能にも差が出るらしいので、ブリオレは自分で混ぜると言ったのか。

 で、ブリオレは気に入った女には必ずそれを飲ませて一日中楽しむという事だった。


「ト――オルト殿」

 まあ、ベルだから心配はしていないが、ゴロ太の為なら中身がなんなのか疑わないままに飲むという可能性もある。

 ジージーはそれを心配しているご様子。


「止めた方がいいよね」

 と、ワックさんの顔は不安でオロオロとしたもの。

 俺の左肩では、こめかみにビキビキと血管を浮かばせたミルモン。

 生き物でもいるかのように血管が蠢いている。

 面子の中で唯一、平静なガリオンは頤に手を当て考え事。

 ベルの強さを知っているから心配はしていないようで、別の何かを考える事に注力しているようだった。


「もしかしてあの美人さんはアンタの大事な人? だとしたら寝取られるって流れかな。まっ、このギルドで上手くやりたいならそのくらいの我慢はしたほうがいいかもね」


「ゲスだね~」


「え、なんて言ったんだい?」


「聞こえてないなら別にいいよ。マヌケ」


「はぁ!?」

 普段、女性に対して愛のない罵倒はしない俺だが、今回は受付嬢に対して心の底から毒を吐いてしまう。

 ここでは得るもの以上に、不快感を覚える事のほうが大きいと判断。

 

 バカみたいなテンションのブリオレと、それでも静かにしているベルの座る奥の大テーブルへと歩む。

 俺の目がマジだったんだろうな。


「流石はオルト殿」

 今からブリオレに何をするかを理解したのか、ジージーは高い戦意を纏わせて俺の後へと続いてくれる。

 その後方を気怠そうにしながらもついてくるガリオン。

 気怠くはあっても右目の眼力は鋭い。

 なめられっぱなしはやはり性に合わないようだ。

 これにワックさんも続いてくれる。

 強張った表情だが、周囲に気圧されてはいない。


「なんか得るものはあったか?」


「ああっ!」

 恫喝が返ってくる。


「お宅には聞いてないよ。こっちの連れに聞いてるんだ」


「いや、ない。時間の無駄だった」

 ひたすらに自らの自慢話。それで得た富。

 金と力を存分に振るう事で、今までいろんな女を幸せにしてやった。

 ――などなど、本当にどうでもいい自己満な話がダラダラと語られ辟易としていたようだった。


「悪かったなアップ」


「気にするな。私が進んで話を聞こうとしたのだからな。だがもういい」

 肩に回された腕を払いのけてすっと立てば俺達の方へ。

 直ぐさま大きな音。

 ブリオレが椅子を蹴倒しながら勢いよく立ち上がる。


「おいおいアップちゃんよ。これから素敵な飲み物がくるんだぞ。高価な物なんだ。飲んでいけよ」


「いらん」


「俺から拒めると思ってんのか!」

 大音声の恫喝。

 こうやって相手を萎縮させるってのがコレまでの手段だったようだな。

 でもそこはこちらの最強さん。

 雑魚による恫喝なんてなんの意味もない。

 俺ですらただ五月蠅いヤツ――って認識だからな。

 殺気はあっても凄味はない。

 見えていても見えない存在としてあつかうくらいで丁度良い。


「無理矢理にでも飲ませてやろうか!」


「不可能なことは言わないことだ」


「いいね~。気の強い女を屈服させるのは好きだぜ」


「ハハッ」


「なんだぁ? ひょろガキ」


「あまりにも雑魚の常套句だからつい馬鹿馬鹿しくて嘲りが出てしまったんだ。なあ皆」


「然り」と「全くだな」といった台詞が、背後から同時に届く。


「調子に乗ってんじゃねえぞガキ!」


「乗ってねえよ。乗せてもらえるほどの相手でもないしな。決して強いから油断せずにってことじゃないぞ。雑魚すぎて乗れないからだぞ。そこはちゃんと理解しろよ」


「分かった。死にてえようだな」


「一々と発言が自分の品位を下げるヤツだよ。元々、品格なんてないけどさ」


「ただじゃ殺さねえぞガキ。お前にとってアップは大切な存在みたいだからな。目の前で俺が手込めにするのを見せてから殺してやる。悲鳴からよがり声に変わるところをたっぷりと楽しみやがれ!」

 無理、無駄、無謀なことを言うもんだ。

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