PHASE-1644【成果、兜ともにガバガバ……】

「ほらもう良いだろう新米の兄ちゃん。さっさとどいてくれ。後がつかえてんだよ」

 と、俺の後ろにいたおっさんが俺を押しのければ、目の前の職員はおっさんとやり取りを始める。

 で、すんなりと奥側にある建物の中に入る事を許される。


「冒険者君」


「はい」

 俺の後ろにいたおっさんの更に後ろに並んでいた爺様に話しかけられる。

 先ほどの会釈の時と同じで柔和な笑み。

 派手さはない服だけど、触れなくても見るだけで良い生地なのは素人の俺でも分かるというもの。

 それを着こなしている爺様はここに並んでいる他の連中とは明らかに違う。

 なんだろうか。纏っているオーラが違うというのが発想力の乏しい俺の表現。


「職員が言うように、もっと己を高めてから来なさい。もしくは真の姿で来ればいいかもしれないよ」


「え!?」


「はっはっは」

 軽快に笑いつつ俺の肩に手を当て、自分の順番だからと職員の前に立てば、


「ええっ!? これはご老公! わざわざ並ばずともいいものを……」

 と、職員さん大慌て。


「お気になさらず。個人的に気になった事があったから列に並んだまで」


「そ、そうでしたか」

 俺や他の商人達に対する応対とは明らかに違う。

 どうやらかなりの権力を有した御仁のようだ。

 しかも俺に真の姿とか意味深なことを言ってくるんだもの。

 俺の事を知ってる人物か? 俺は見覚えはないけど。

 そんな御仁の後ろ姿を見送る。


 ふむん――。


 あの奥側にスティミュラントが大量に貯蔵してあると考えていいのかな。

 大量にあって、尚且つ外から来た人間が出入り可能な場所となれば、ゴロ太を軟禁している場所ではないな。

 ここは候補から消していい。


 ――余裕があればちょっとこの辺りを見て回りたい。

 同じような建物ばかりだからマッピングは重要だ。

 とはいえ、方眼紙を取り出してマッピングなんてすれば怪しまれるので、出来の悪い頭に叩き込むしかない。

 

 ――円形の防御壁。

 一定の間隔で壁上には楼閣がある。

 で、壁には狭間もあるから、壁の中も移動可能ってところだな。

 楼閣と狭間を目印として覚えていくしかないか。

 それでもかなり難しいな……。


「どうでしたか?」


「いや、まったくお話になりませんでした。門前払いとは正にあのこと。しかも正論すぎてなにも言い返せませんでしたよ」


「そうですか……。自分もこれくらいしか出来ないので……」


「問題ないですよ。案内役までを頼んでいたのですから」

 だとしても失敗。

 なのにここまでの案内だけで多くの報酬を貰えるのが後ろめたいようである。

 生真面目で好感が持てる。


「本当に気にしなくて良いですよ」

 スティミュラントが欲しいのは建前であって、ここに入ること自体が主目標なんだからな。


「あの、ちょっとトイレに」


「ああ、でしたらここから一つ左を曲がった所に一般客人用の建物がありますので」


「助かります。しばらく待っていてください」

 エマエスに言って駆け出す。

 よほど我慢していたんだろうな。という心の声が背中に届いたようだった。

 

 ――にしても一般客用ね。てことはVIP専用の建物もこの中にはあると見ていいんだろうな。

 

 ――ここか。

 客人用の建物って言われても造りが周囲と一緒だからまじで分かりづらいな。

 違いがあるとすれば、出入り口に立哨がいないって事か。

 向かいの建物には二人が立っており、俺の方をじっと見てくるから会釈。

 トイレは方便だが中にお邪魔する。

 中では数人の金持ち連中がソファに座って茶をすすりながら談笑。

 俺の存在に気づけば場違いなヤツが入ってきたと冷ややかな目を向けてくる。

 服装はやっぱり成金って感じ。

 この製造所での一般という基準は成金を差すようだな。

 俺の二つ後ろの爺様に対しての職員のリアクションからして、あの爺様はここにお邪魔する事のないVIPってところだろうね。

 

 冷ややかな視線をずっと向けられるのも嫌なのでそそくさと退出。

 

 外へと出て次とばかりに碁盤目のような通路を曲がってみる。

 と、ここにも二人一組からなる立哨。

 微動だにする事なく俺に対して視線を向け、どういった動きをするかだけを見てくる。

 こちらに対して隙を見せようとはしない。


「面倒くせえな」

 ポツリと不満を漏らす。

 コイツ等そこそこやり手だ。

 こんなのを一定の間隔で配置してるんだな。

 もしゴロ太救出時に戦闘となれば、今の俺なら問題なく対処は出来る。

 が、ゴールドポンドの連中と違って手間取るのは間違いない。

 その間に騒動を察知した連中がゴロ太を連れて逃げ出すことにもなりかねない。


 ――……う~ん。

 やはりここはゲッコーさんかS級さんを一人でもいいから召喚して中を探ってもらった方が確実かな。


 ふむん――。


「おい!」

 考え込めば、強い語気。


「なんでしょう」


「来客のようだが、あまりうろちょろとするんじゃない」


「あ、すみません」

 じっとしていると、直ぐさま声をかけてくる。

 俺の身なりが身なりだから他と違って高圧的な対応だ。

 

 ちょっとした違和感でも声をかけてくる警戒心の高い哨務で素晴らしい。と、心の中で褒めておきましょう。

 あまり長くこの辺を見回っていたら、それこそ怪しまれてしまうからここいらが潮時かね。


 ――てなわけで、


「成果としてはこれくらいだな」

 宿屋のラウンジにて皆に実りのない結果報告。


「なんだそりゃ。驚くくらいに無味無臭な成果だな。そもそも成果と言えるものでもねえ。ガバガバもいいところ。お前が頭に被ってる兜のようにガバガバだな」


「言うねガリオン」

 実際、その通りだから言い訳はしねえよ。

 手に入った物といえば、買い忘れていた兜を製造所からの帰り道に買ったことくらい。

 新品のレザーヘルムはまだ俺の頭に馴染んでいないので、ベルトで顎を固定しないとズレてしょうがねえや……。

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