PHASE-18【ヘルガー峡谷】

 急襲とか考えないのかな?

 不意打ちが狙えるはずなのに、なぜ正面から堂々と行くんだよ。


「どうすんだ? ざっと四十はいるぞ」


「多く見えるのは心に余裕がない、恐怖にとらわれている証拠だ。正しい数は二十四だ」

 素早く認識して、一桁まで正確に数えることが出来るのは、心に余裕があるって事か。

 チート持ちは凡人とは違うぜ。

 俺としてはここいらで止まりたいんだけども、この白馬はベルヴェットの気迫が伝わっているのか、俺の意思に反して黒馬に続く。

 勘弁してくれよ……。馬上で抜刀なんて出来ねえよ。


「一気に蹴散らすぞ」

 おお!? 炎を纏ったけども、大丈夫なのか馬? 熱くないのか? 俺は近くにいても熱かったんだけども。

 ――――俺の心配をよそに、黒馬は驚くことも暴れることもなく、ベルヴェットを乗せて、オークの集団に驀地していく。

 彼女が剣を振るえば、放たれた炎によって、オークは抵抗も出来ずに消し炭だ。

 ベルヴェットが通過する道には何も残らない、焦げた臭いだけが一帯に滞留しているだけだ……。

 ――――結局、刀を抜くこともなく終わってしまった。

 この強さよ。

 感嘆しつつも、俺は正直、刀を抜かなくてよかったと安堵している。

 俺にはまだ生き物を斬るって覚悟が備わっていないようで、ベルヴェットに追従しながら、何度か刀の柄に手を伸ばしたりもしたけど、そこから先が出来なかった。

 こうやって命を奪う役を彼女一人にさせていることに、罪悪感が芽生えてくる。


「刀は抜けなかったが、よく敵陣の中を付いてきたな」

 と、俺の覚悟のなさを知らない彼女は、一定の評価をしてくれた。ますます罪悪感だ……。


「先を急ぐぞ」


「ああ……。でも、なんで馬は炎を熱がらなかったんだ?」


「私が敵意を向けなければ、熱さも熱傷も受けることはない」

 なるほど……。

 つまりファーストコンタクトの時に、俺が熱さを感じたのは、俺に対して敵意を向けていたって事か……。

 流石は忠誠心ゼロだぜ。

 ――――平地をひたすらに駆け、目的のヘルガー峡谷に到着。


「まったく、もう少しましな地図の描きかた出来ないのかよ」

 小学校低学年が描く宝の地図レベルだよ。

 王都から道を一本描いての目的地。

 到着予定時間とかも記入しとけ。

 朝から駆けて、今や夕陽も沈もうとしている。

 峡谷は両サイドが深い谷になってるから、内部には光も入らず、すでに夜のようだ。


「文句を言ってやるな。たどり着けたのだからな」

 軍人のサバイバリティは高い。こういう時でも不平不満を口にせず、ある物を最大に活用する。

 見習いたいが、あの出っ歯は許さない。


「峡谷っていっても広いな」

 谷と谷の間は五十メートルといったところ。

 当たり前だけど川が流れている。

 でもそれといって特徴のない、岩肌ばかりの寂しい風景。打ち捨てられた幌馬車が、寂しい光景に拍車を掛けている。


「なるほど」

 一帯を見てなにかを理解しているようだ。

 質問してみれば、憶測という前置きをして、峡谷の砦は、砦以外の役目もあったと考える。

 川を利用した、王都に物資を届けるための、中継地点として活躍していたのがその役目。

 商いに携わる商人達には、宿泊施設としても提供されていたようである。

 統一性の無い、捨てられた幌馬車の造りは、軍のではなく、様々な業種の商人が利用していたものだと推測。

 現状の光景を見て、それだけの推理をするベルヴェットが格好いいと感嘆してしまう。

 しかしこの峡谷、横幅は五十メートルはあるとはいえ、中央は川が流れている。

 軍を動かして攻めるとしても、行軍規模となれば五十メートルは狭い。


「守るに容易く、攻めるに難しってところか」


「そうだな。存外、分かっているな」

 どうも。と、首肯で返す。

 多数で攻めるより、現状の少数で潜入の方がよかったようだな。

 二人ってのはあり得ないけども……。

 それに――――、


「人質の可能性もあるよな」


「ああ、王都があのように攻められていた事から察すれば、私たちが来る以前に連れ去られている可能性も当然ある。オークと呼ばれる亜人の嫌らしい目つきを考えれば、囚われているとなると――――」

 う……ん……。

 もし人質がいると仮定すれば、救い出した後は、心のケアが必要になるな。

 人に襲われても恐怖なんだ。相手が亜人となれば、恐怖は更に増すだろう。

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