PHASE-755【氷結の殺意】

「先日振りだなロイドルよ」


「はい……」


「どうした? 辛気くさいぞ」

 伯爵はカラカラと大笑いだけども、俺のパーティーメンバーはやり取りを目にしても表情は変わらない。


「使者殿よ、今回はどういったご用件で」

 伯爵と違って、王様は礼節を以て接する。

 ふらつく足でロイドルが片膝をつく。

 背負子は背負ったままに――――。

 聞き取るのもやっとといったか細い声で伝えられたのは、王サイドが我らがミルド領より民を拉致したという訳の分からない内容だった。

 流石に皆――先生以外はポカンとする。


 拉致した民――、それは以前カイル達と共に北の方向から王都を訪れた流民の方々の事を指したものだった。

 流民であった方々を馬鹿息子は自領の者達と言い、王が拉致したという。

 北からやって来た方々を受け入れた事を拉致あつかいという馬鹿馬鹿しい内容。

 

 荒廃とした王都を復興するために流民の方々が大いに協力してくれて、今の王都がある。

 感謝しかないし、流民の皆さんも今では立派な王都の住民として、飢えに困ることのない生活を送ってくれている。

 俺たちが初めて北門の壁上から見た時は、襤褸を纏って痩せ細っていたけど、現在は健康そのもの。

 様々な職種について、王都や周辺地域のために活躍してくださっている。


 だというのに今更になって公爵領からの流民を流民と言わず、王が拉致したという事に仕立てようとしているわけだ。

 流石は馬鹿である。荒唐無稽で誰も耳を貸さないような内容だ。

 北から流れてきたのが全て公爵領からの流民ではないだろうけど、内容通りに流れてきた方々も確かにいるだろう。

 でもそれは、その領地にいるのが嫌だったから流れてきたんじゃないの。

 だから瘴気が漂う中を命がけで南に移動してきたんだろうし。

 そう言えば、砦群を根城にしていたラルゴ達もそういった経験をしていると言っていたな。

 北では奴隷制度がまだあるから、そこから逃げ出してきたんだもんな。


 そもそもの話、流民は何処を移動したというのか……。

 王都に流れてきたのは、火龍や地龍を救う前のことだぞ。

 浄化作業もなされていなかった王土と公爵領には相当の瘴気があったはず。その中でライム渓谷はなんとか通る事が出来たみたいだけど、ライム渓谷には公爵側にも砦がある。だったらそこで通行を止めればいいだけだろう。

 なぜそれをしなかったのか――分かりきっている。


「人足としても体力のない者達は邪魔でしかないから、王都に流したんだろう」


「その通りでしょう。更には王都の備蓄を食いつぶさせて困らせようとも考えたのでしょうね」

 と、先生が付け足してくれる。

 使えない人材よりも自分たちの食い扶持ってことだろう。

 しかも困窮している王都に対しての嫌がらせ。少しでも国力を落とそうという狙い。

 加えて今回は拉致とか言っているけど、もしあの時、流民を拒んでいれば非人道とか難癖もつけたんだろう。

 だって要塞から出る時にミランドが提供してくれた馬車に対しても、こちらに馬車泥棒というレッテルまでつけようとしているのがロイドルの口から伝えられたからね。

 重箱の隅をつつくようなくだらない嫌がらせとなれば、馬鹿は天才的な才能を発揮する。


 拉致による軋轢を解消したければ、謝罪の代償としてプリシュカ姫を自身の妻にするから渡せという。

 近親婚もいいところ。

 直ぐさまこの謁見の間にライラがいないかを確認する俺。

 ――いないことに胸をなで下ろす。

 更には先日、無礼を働いた勇者という名の愚者に傅くメイドも特別に妾として囲ってやると発言。随分とランシェルを気に入ったようだな。


 ここまでの事をロイドルが顔面蒼白の中で必死に語ってくれれば、会っていなくても不浄な人物だと理解するベルは、不快感を顔に出す。

 眉間に深い皺が出来てしまっている。

 それでも美しさが損なわれないのは流石だ。

 で、美しさが損なわれないそんな炎を操る美姫も引き渡せということだった。

 衆目がベルへと向けられるも、当人はランシェル達の事でのみ不快感を維持したままで、自分の事では怒りを表には出さない。

 

 が、次の発言はいただけなかった……。

 損なわれなかった美しい顔が大きく歪んでしまうような事をロイドルが口にしてしまう……。


「この王都には珍獣がいると聞きます。人語を話す白い熊がいるそうですね?」


「――確かにいるが」

 と、王様が返す。


「モンスターでもなく、聖獣でもないのに人語を話す生物をカリオネル様が珍しいという事で大層に欲しがっているとの事でして……」


「――――は?」


 ――………………。


 ――…………。

 な、なんだろう……。ビシビシと大気に大きな亀裂が走っていくようなプレッシャーは……。


「で、今なんと言ったのだ」

 継がれる声。体が押しつぶされるようなプレッシャーが謁見の間を覆えば、


「「「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」」」」

 次には……、悲鳴。

 悲鳴は恐怖の残響に変わり、謁見の間を支配する。

 悲鳴を上げたのはロイドルだけじゃない。立派になられた王侯貴族もだ。

 もちろん俺も。横に立つ先生とリンだって引きつった表情。

 虎の尾を踏みながら、龍の逆鱗に触れるようなものだ……。

 龍虎の氷結の憤怒は、戦闘経験のないロイドルの肌にも十分に伝わっており、ガタガタと震え出す。

 

 ベルの横に立つゲッコーさんですら殺気に当てられて表情が強張っているからね。

 だがまだこの程度なら耐えることも出来る。これが本気だったら俺のような普通クラスは気を失っているだろうさ。

 にしてもゴロ太はあかん! ゴロ太を欲するとかベルと戦争するようなもんだ。

 いや、今回は高順氏も参戦する。あの人もゴロ太のことを気に入っていたからな。

 ベルと高順氏が怒りのままに公爵領を焦土に変えてしまいそうだ。


「も、もすわけ……申し訳ないが、美姫も子グマのゴロ太も絶対に渡せん。無論、メイドに我が娘もだ」


「当然だ!」


「はい!」

 しっかりと王様がお断りをしているのに、続くベルが怒気を発せば、なぜか王様が直立不動で元気な返事。

 そして息が揃ったように、王侯貴族の面々は視線下方四十五度凝視。

 そんな事はないけども、あまりの殺意にベルと目が合えば殺されると思った様子。

 気骨ある精神に立ち戻ったものの、ベルの怒りを感じ取ればヘタレモードになるのは変わらない……。

 というか治らない……。

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