PHASE-943【雑木林】

「これからも研鑽を積むことね」

 と、上から目線にて嘲笑ぎみのリン。

 本気で黙らせたいのでベルに出張ってもらおうと思ったところで、


「まったくです」

 と、ここでコクリコが乗っかる。

 実力のあるリンと暴走まな板の発言では、発言力の重さが違うんだから乗っかるなよな。アビゲイルさんに失礼すぎる。

 ――……現状でも失礼な発言ばかりだけども。

 その度に俺が頭を下げないといけないわけだけども。

 

 空笑いを顔に貼り付けたアビゲイルさんに再度、俺が頭を下げてから馬車に乗り込む。

 

 ――うむ。中々に楽しいな。

 車輪から伝わってくる振動がないから、揺れを気にしないで進んで行くのは快適だ。

 惜しむらくは、対面に座っているベルの胸が揺れないことだな。


 こういった魔導技術がミルド領だけでなく各地に波及し、人々の生活が快適になる技術向上も必要だな。


 あの壁上に立つ円柱を街道に沿って他の都市や町村と繋げれば、悪路も問題なく進めるようになったりして。

 電柱を繋げることで各地に電気を広げていくのに似てるな。


「で、俺達が向かうのは」


「はい、この都市で人の行き来がほぼない、魔導研究が行われていたところです」


「行われていた――ところ?」

 ――三十年ほど前、魔法の暴走により大爆発した場所らしい。

 人々はその場所を畏怖し、それ以降、近づかなくなったという区画なのだそうだ。

 

 だが数年前にそこを使用し始めた者たちがいたそうで、それを境にしてネポリスにカリオネルが頻繁に出向くようになったという。

 この情報はすでにS級さんから聞いているし調べもついているけども、俺達もしっかりと見ておきたい。


 ――――門を潜って数時間。

 移動の合間に休憩、食事をいただく。

 公爵ともなれば、休息に使用される建物は、魔術学都市の一等地に建てられた屋敷でってことになる。

 有り難いけど、


「甘えに繋がるね~」


「自分自身で分かっているのなら問題はないだろう。分かっていない事が問題なのだからな。素晴らしいことだ」

 ベルからのお褒めの言葉に気をよくしてしまう。

 

 でもね――、


「俺はそこら辺はしっかりとしてるのよ。心は庶民だからな。俺じゃなくて――」


「……ああ……」

 俺が指さす方を目にすれば、ベルは溜め息を漏らす。

 コクリコが良い気分になっているようで、次々と給仕さんに食事を運ばせてくる。

 言えば笑顔で即対応の給仕さんの仕事ぶりに大層ご満悦。

 素直に従い仕事をこなしてくれる姿が自分への奉公だと思っているのか、気分は貴族のご令嬢様。

 悪役令嬢が似合いそうだ。


「あれは少し苦言を言った方がいいな」


「ベル。手っ取り早く拳骨でいいぞ」

 実際にそんな令嬢になられても困るので、鉄拳制裁をお願いする。


「分かった」

 ここで風紀委員長が動く。

 調子に乗るコクリコがそれに気付いた時、己の末路を悟ったのか、手に持ったナイフとフォークを静かに皿の上に置き、一瞬のしじまが訪れた次には――、鈍い音が広間に一回響いた。

 ああはなるまいよ。

 爵位第一位になったけども、それを笠に着て権勢など振るうまい。


 

 

 ――――。


「ここですか?」


「はい」

 馬車から降りる。

 俺達が潜った門から反対方向に位置する場所に到着。

 都市の内部ではあるが草木が生い茂り、下生えによって歩きにくく、まるで雑木林の中を歩いている感覚に陥る。


「本当に都市の内側ですよね――ここ」


「はい。そうは見えないでしょうが」

 手つかずとなれば、人工によって築かれた場所であってもこうなるのか。

 雑木林となった風景が眼界には広がるけども、ちょっと視線を上方に動かせば、しっかりと防御壁が見えるから、本当にここは魔術学都市ネポリスの内側なのだというのが分かる。


「なんだかモンスターが出てきそうな雰囲気ですね」

 未だに頭をさするコクリコ。

 自分が偉いんだという勘違いをせずに良かったな。ベルにしっかりと感謝しろよ。

 悪役令嬢になりそこねたコクリコが言うように、モンスターが出てきそうな雰囲気ではある。

 まるでフィールドのような風景だからな。

 

 RPGなんかだと、町中であってもこういった場所になると、なぜかモンスターが出現するってのはあるあるだ。

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