PHASE-879【北国の地面は冷たい】

 見ることを可能に。

 つまりは――、見えるだけ。

 見えることを可能にはしたが、捕捉は難しい。

 つまりは――、こちらからの先制はすでに手遅れ。

 本当に凄い。ガリオンのアクセルなんかよりベルの素の動きは遙かに速いんだからな。

 木剣を振れば俺に届く位置までに迫っていた。

 でも高速で動くベルの表情が、わずかだけど驚きのものに変わっていたのが見て取れた。

 それは俺がベルとしっかりと目を合わせていることが出来ていたからだろう。

 驚きつつも笑みを見せたベルが同時に木剣を振り下ろしてくる。

 しっかりと木刀の柄を搾るように握りこみ、


「ふん!」

 と、裂帛の気迫と共に神速のベルの上段を下段からの斬り上げで撥ね除ける。

 ここでベルの腕が上がる。

 再びの上段ではなく、俺の下段によって体勢を崩したことで腕が上がった。

 千載一遇のこの黄金の時間を利用し、返す刀で上段より渾身の力で振り下ろす。


「見事だ」

 大いに褒めてくれたけども、俺の渾身の一振りが当たることはなかった……。

 体を捻って横回転で俺の振り下ろしを躱せば、回転を活かしての刺突が腹部に直撃。

 ――……この一突きだけで俺は五体投地……。

 火龍装備なのに……。木剣での突きなのに……。

 これだもんな……。

 いつまでたっても勝てるイメージが湧かない相手だよ……。


「終わりにするか?」

 いや、この状況を見てから言ってほしいね。すでに終わってるようなもんだろう。

 俺の成長を褒めてくれてるし、ここで終わらせても――――駄目だよな。

 ここで諦めれば好感度が下がるというもの。頑張る姿勢を見せる事で好感度は更にアップするんだから。

 

 ブーステッドの使用による脱力感はない。やはり五秒以内なら使用しても体に負担はない。

 ベルはその事を知らないけどな。

 だからこそソレが武器になる。

 後は気合いで、


「起き上がるだけ!」

 不意打ちみたいで悪いが、起き上がりと同時に斬り上げを一撃。

 結果は当たらない。

 苦笑いしか出ねえよ……。


「動けるのだな。本当にわずかな期間で成長したな」


「だろ……」

 油断してると腹部の刺突が原因で口から吐瀉りそうになるけどな……。


「禁じ手も扱えるようになったようだ」


「ちょっとだけな」


「では再開だ」

 ――……あんまりじゃねえか……。

 もう少し待ってくれよ。なんて弱気な事を言ったところで通用するような相手ではない。

 いっそのことゴロ丸を召喚するか? 攻撃を防がせるのではなく、愛らしさで足止めってのが効果的だよな。

 そういった動作をさせてくれるような隙のある動きじゃないのが困りもの。

 流石にブーステッドの連続使用は怖いので防御一辺倒に戻るだけ。


「ああっと! ここで再び守りに入る。勇者であるのにそれでいいのでしょうかトール。情けないですね~。そうでしょう解説のゲッコーさん」


「いや。よくやってる」


「あれ!?」

 どうだコクリコ。ゲッコーさんがノリ悪いってことじゃないからな。

 俺がちゃんと頑張ってればゲッコーさんだってヤジは飛ばさないんだよ。

 お前と違ってな。


「コクリコはああ言っているが、仕掛けられなくても防ぐだけでも素晴らしいぞ」

 どうも。と、返事したくても出来ない。

 歯を食いしばっているからな。

 単調な縦と横の木剣の振りだが、達人のそれは躱してガードするだけで精一杯。

 火龍の籠手にガシガシと当たれば、それだけで涙が出そうになるくらいに体中に痛みが広がるし、痛みが気力まで削ぎ落としてくる……。

 どうやっても勝てん。諦めよう。という思考が段々と支配してくる。


「ぬりゃ!」

 その考えを払拭させるために、無理に攻撃に転じるも、


「捨て鉢な振りだ」


「でんっ!?」

 相打ち覚悟の振りも容易く柄で捌かれ、そのまま柄で額を打たれる。

 痛みから後方に逃げれば、


「これはどうだ?」


「!?」

 ここで体に炎を纏うベル。

 浄化の炎は全てを灰燼へと変える。

 俺の炎と違って、敵味方識別が出来るのが素晴らしいけども、ここで俺に使用するのはどうなのよ?


「そら」


「うそん!?」

 木剣を振れば一筋の炎が俺へと迫る。

 咄嗟に、


「イグニース」

 と、展開するつもりはなかったが、展開させられた。

 正直、ベルの炎に耐えられる訳はないと思っていたが、


「……あれ?」

 防げるどころか熱さが伝わってこない。

 火龍装備であってもベルの炎は別物。

 だが、ダメージどころか熱も伝わってこない。

 敵味方識別の出来る炎だけども、試合だからダメージを少しは加えてくると思ったが、それすらない。


「学習しろ」


「うぎゅ!?」

 ――……熱さは無かったが痛みはしっかりとあった。

 側面から現れたベルの胴打ちが完全なとどめだった……。

 弱々しく俺の体は膝から崩れ落ちる。

 倒れる時にスローモーションになるような妙な感覚に陥り、次には地面の硬くて冷たい感覚が頬に伝わってくる……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る