PHASE-880【結局、届かず……】

「まったく油断しすぎだ。シグルズの攻撃を真似てみたが対応できなかったな。先ほどは対応できていたが、相手が代わると以前の行動が応用できないのか?」


「うう……」

 まず脇腹にいいのが入ってまともに呼吸が出来ないから少し待ってもらいたい……。


 ――…………よし……。


「シグ……ルズ?」

 深呼吸をして、初めて耳にする名を口に出すだけで精一杯。


「そうだ。シグルズだ」


「……誰だよ……」


「オルトロスモドキのことだ。モドキとつけるのは可哀想だからな。ならば名前をつけてちゃんと呼んでやればいい」


「で、名付けたと」


「ああ。全体をシグルズ。茶色い毛並みがジークフリートで、白に黒斑点がバルムンクだ」

 名付け親として大層ご満悦なようで、戦っていた時と違ってベルの表情は綻んでいる。

 にしても……、強そうな名前だな。

 確か北欧神話とかも含まれるゲルマン神話に出てくる英雄だったような……。

 英雄の武器がバルムンクだよね。

 なんとも強うそうだな。竜を倒せそうな名前だ。


「いずれは竜すらも倒せる強者になってくれるだろう」


「ああ、はい……」

 流石はWWダブダブ1 のドイツが元になっている国の中佐だけあり、ゲルマン系の神話とかは普通に会話できるんだな。

 ドラゴンを倒してくれるまでに成長してくれれば俺としてもありがたいけどな。

 龍の装備で身を固めているから複雑な気持ちでもあるけど。

 にしても凄い名前のセンスだな。

 中二病じゃない人物だからこそ、ソレっぽい名前となれば衝撃も大きい。

 まあ、むしろ向こうの国では当たり前のネーミングなんだろうけど。

 ドイツ方面の名前って、中二病の日本人の琴線におもいっきり触れるからね。


「なんということ! なんと呆気ない幕切れ。弱すぎです勇者!」


「あいつ……」

 ゲッコーさんは俺に対して評価をしてくれてたみたいだけど、あいつはぶれないな。

 ベルの代わりにコクリコと追加のエキシビションを組ませてもらいたいね。

 楽しそうに言うところが余計に腹立つので、あいつが愛してやまないカルロ・ベローチェを使用して、闘技場で延々と追いかけ回してやりたい。

 大泣きしながら喜んでくれることだろうよ。


「解説したかったのにあまりにも呆気なかったが故に、解説できなかったゲッコーさんはいかがだったでしょう」


「片鱗は見せてもらった。手を抜いていたとはいえ、ベルの一撃をしっかりと弾いたからな」


「あれ!? 以外と評価してますね」


「まあな。だがこれで分かっただろう。楽して強くはなれない。力を簡単に得ても、それをどういった状況で使用するかは経験でしか培えない。やはり鍛錬で手に入れないと真の力は発揮できない。しっかりと実力で習得しないとな」


「――はあ? なに言ってんですかゲッコー」


「こっちの話だよ。司会」

 マスリリース習得の事を言ってるって事だよな。

 確かにこれに関しては反論しませんよ。反論したらベルにまでばれて怒られるからな。

 でもって後悔もしてますよ。ちゃんと今度からは自分の力で習得しますよ。

 マスリリースの威力が残火と木刀でどれくらい違うのかを試合の中で確認していたお馬鹿だからね。

 修練で培っていたらその時点で威力は把握するからな。ゲッコーさんもその事を指摘してんだろうな。

 というか、俺はいつもぶっつけ本番なのが悪癖になってるな。

 特にインスタント習得をぶっつけ本番で使用するのは愚だ。特に強敵の前では……。


「それにベルも言っていたが、一度経験した攻めに対して、使用する者が変わったからといって対応できないのは情けない」

 そこも反省しますよ。

 でもね。オルトロ――シグルズとベルの機動力は違いすぎるからね。

 炎が出たと同時に側面からの攻撃たっだし。それをシグルズよりも離れた位置からやってのけるからね。

 応用したくても一気にレベルを上げられると対応は出来ません。

 俺はそんな器用なチートさんじゃないんですよ。


「ゲッコー殿の言葉をしっかりと心に刻んでおけ」


「はい」


「だが、ブーステッドは素晴らしかった」


「ありがと」


「それに回復も早いな。並の者なら立てないどころか気絶するくらいの力で打ち込んだのだが」

 火龍装備のおかげもあるだろうけど、俺自身の地力とピリアの向上のお陰でベルの木剣を喰らっても、倒れるくらいで済む程度には鍛えられているということだろう。

 まったくもって自慢にもならないから口には出さないけどな。

 出したら出したで虚しくなるだけだろうし……。


 はあ……、勝てないのは分かっていたけども、せめてその長い髪に木刀が触れる事があってもよかっただろうに……。

 まったくもって近づけないな。

 高みを少しでも見てみたいけど、麓にすら到達できていない……。


「この調子で励むんだな」


「おうよ!」

 と、空元気で返す。

 立ち上がれば野郎達から拍手喝采。

 メイドさん達からも俺に黄色い声援が上がるけども、今回は野郎達の拍手と喝采の方がよく耳朶に届いた。

 理由はやはり、同じ痛みと恐怖を知った者同士だからだろうな。

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