PHASE-1410【真球】

「それで、エビルレイダーは次のステップに進めますか?」

 アルゲース氏へと問えば、


「ザジー殿のお陰でこの場所にも慣れてきたようですからね。いつでも繭を張る行為に移っても問題ないでしょう」


「じゃあ早速、コイツには成長してもらいましょうか!」

 繭に包まれて成虫になるまでにかかる日数は、おおよそ二週間だったよな。

 早く取りかかれるなら早い方が良い。

 それだけ天空要塞の攻略も早まるからな。


「では――」

 ここでキュクロプス三兄弟がエビルレイダーへと近寄ってから優しく撫でる。

 その間にザジーさんは腰掛けていた腹脚から離れて俺の横へと立つ。

 撫でられるエビルレイダーは心地いいのか、キュルル――と喉を鳴らす。

 喉を鳴らすって表現が正しいのかは分からんが、そんな感じだった。

 

 何かしらが始まると察したのか、修練場に集まった人々も、巨人と巨大生物のやり取りに関心があるようで、木剣などが奏でる音がやみ、遠巻きから眺め始める。

 興味本位で近づいて、無駄に刺激を与えるということをしない配慮が出来るのも練度の高さゆえだろうね。

 さっきは怒号を飛ばしていたドッセン・バーグだったけど、今はこちらにその怒号が届いてこない。


「この壁に繭を張っても?」


「問題ないでしょう」

 防御壁に身を預けさせて繭を張るという行為。

 エビルレイダーの重量でどうこうなるほどやわなものじゃないだろうから大丈夫だろう。

 本当なら王様に許可を取らないといけないんだろうけど、後でいいよね。

 と、思っていれば、


「何かしら始まりそうだな」

 噂をすれば影とばかりに王様が参上。

 刺激を与えないようにとばかりに小声で俺へと話しかけてくる。


「これから繭を張って、成虫へと育ってもらいます」


「そしてその成虫が新たなる道を切り開いてくれるというわけだな」


「移動手段となります」


「それはいい!」

 と、言う辺り、問題ないようだな。

 王様のその発言をゴーサインと判断したアルゲース氏は、


「よし、次へと進もう」

 そう言うと、その発言を聞き入れるように――、


「「「「おお!」」」」

 頭部を上へと向けると、指を組ませたような形状の牙からなる口部が開き、一本の白い糸が空へと向かって勢いよく吹き上がる。

 噴水を思わせる糸が上がれば、遠巻きから見ていた面々が興奮の声を上げる。

 当然ながら近くで見ている俺達も同様の声を上げていた。


 シュゥゥゥゥ――っといった音と共に吹き上がる白い糸が地面へと向かって落ちてくれば、エビルレイダーの体にそれが付着していく。

 壁や風に流されて細かくなった糸くずが俺達の方へも流れてくれば、体にくっつく。粘度があるというのが分かる。


「ペタペタしてる」

 左肩に乗るミルモンがモチモチホッペにくっついた糸くずを手で取りつつ感想を述べる中でも、糸がエビルレイダーの体を包んでいく。

 最初は高く上がっていた糸だったが、徐々に体を覆うようになり、球体を形成していけば、空に向かって吐き出していた糸をその球体に沿わせるように吐き出していく。

 

 ――そこからは直ぐだった。


「あっという間に自分が吐き出した糸で体全体を包んだな。完成まであと少しってところか」

 感想を漏らせば、


「うむ。壮観だ!」

 王様も続く。

 というか、


「今回はお一人ですか?」


「そうだ。といっても護衛はついている」

 拇指を立ててそれを向ける方向には、バラクラバを被った現代兵装の人物が二人。

 S級さん二人が護衛についてくれているならなんの心配もない。

 普段から他の貴族と一緒になって土いじりとかしている時も、S級さん達が離れた位置から見守ってくれてたんだろうな……。

 ハダン伯も俺に説くより、王城にいる王侯貴族にこそノブレス・オブリージュを説くべきだと思うんだけどね。

 

 と、ハダン伯の事を思い出せば、


「昨日は大変だったようだな」

 タイミングドンピシャで王様が振ってくる。


「大変でしたよ」

 本当にそう思ったので素直な感想を素直に王様に述べれば、苦笑いを顔に貼り付ける。

 その笑みのまま、ロイル伯には自重するように伝えた。とのこと。

 特に大人数が利器をぶら下げて大通りを歩くという行為は後々、知ったそうで、民に無駄な不安を与えるな! と、結構な勢いで叱責してくれたという。

 それに関しては当の本人も猛反省したそうだ。

 自分を守る為に護衛の随伴を次々と許した結果だということは、昨日ギルドハウスでも聞いたけども、同様の理由を王様にも述べたという。

 自信家で傲慢なところもありそうだけど、素直なところもある人物だから存外、下の者達から慕われているということかもしれない。

 だからこそ同行したいと思ったんだろうし。

 人望があるからこそ、今回はそれが原因で印象を悪くしてしまったな。

 大人数での行動に、先生は別の意図がある可能性もあると推測していたけども。


 ――王様としばらく会話をしていれば、体を包むところから球体となって完成。


「見事だ。綺麗に作り上げたな!」

 繭の完成に感心する王様。

 だけどそう言う感想が出るのも分かる。

 真球と例えてもいい程にまん丸だからな。

 こういった妥協を許さない繭を作るのは、キュクロプス三兄弟の意思が宿っているってのもあるんだろうな。


「ちょっと! 私が見てない間に既に事が進んでいるとは! なぜ呼んでくれなかったんですか!」


「本当だよ!」

 お怒り気味の声の主はコクリコとシャルナ。

 一緒に冒険に出て仲間にしたエビルレイダーの一大イベントを見逃したとご立腹。


「悪い、悪い」


「なんと軽い謝罪なのでしょう!」

 王様のゴーサインをもらった時点で進めちまったのは悪かったよ。

 ちゃんと皆を呼ぶべきだったと、終わってから反省。

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