PHASE-1242【静かな怒りって怖い……】

「分かりました。この者達の教育はこの老体にお任せを」


「お願いします」

 アサシンのような出で立ちと立ち回り。

 なによりも同族である翁に指導を受ければ、ゴブリン達の飲み込みも早いだろう。

 同族だから会話もスムーズだろうしな。

 人間サイドによる指導となれば通訳を一回一回、介さないといけないし。

 ゴブリンの言語を扱えるのはこの王都だとルーシャンナルさん以外はいないだろうし。

 前魔王のリズベッドも可能かもしれないけども、要人でもあるリズベッドを表に出すのはよくないからな。

 それに指導となれば翁の方が上だろう。


「手柄ほしさに深入りをしない最前線での斥候兵たちへと、鍛え上げてほしいと思っています。ミストウルフとの連携による騎獣斥候ってのになれば、戦場で大いに活躍してくれるでしょう」


「承知しました。そのように教育しましょう。気骨と臆病を宿らせているこの者達には最適でしょう。危険と思えば直ぐに逃げるのは悪い事ではないですからな。捕らえられ伝えられない情報となるよりも、数少なくあっても得られる情報のほうが貴重ですからな」


「そうなんですよ。あと騎射の訓練なんかはゴブリンの言語を使用できるエルフのルーシャンナルさんにお願いしようと思っています」


「その時はお願いしましょう。しかしエルフであるのにゴブリンの言葉を使用できるとは、随分と風変わりな御仁のようですな」


「とんでもなく真面目な方ですし、失態をしたという事で何かしないといけないと本人も強く思っているところがありましてね。頼ってもらえれば本人も喜んでくれると思います。俺の方からもお願いしますので」


「頼らせていただきましょう。では――お前たち、この老骨が出来うる限りの中で精兵として鍛えてやるからな」

 強い語気にて翁が発すると――、


「……ギャ……」

 声に気圧されたのか、なんとも弱々しい声音を先頭のゴブリンが返し、それに呼応するかのように後続は視線下方四十五度凝視といった姿勢となる。

 先ほどまで意気揚々としていたが、野性の感でこれから自分たちには過酷な試練が待っていると理解したようだ。


「頑張ってくれれば空腹な生き方とはおさらばだからな。給金だってしっかりと出るので励んでくれ」


「――訳せばいいので?」

 首肯で返せば翁が訳してくれる。

 声に明るさが出たのでやる気は出たようだが、翁の翻訳内容を耳にすれば、空腹に悩まされることがないことに嬉々とした声を上げ、給金の部分ではリアクションが薄かったように感じ取れた。


 金を使用するという文化圏にいたわけじゃないからか、金に関しては感心がなかったようだ。

 空腹さえ回避できればいいというのがゴブリン達の考えなんだろう。


「金の使用方法においても――」


「教育しておきましょう」

 と、翁が約束してくれると、ゴブリン達を伴って王城の方へと向かっていく。

 ゴブリン達とミストウルフの訓練は城の中で行うということだった。

 王様からも許可はすでにもらってくれているそうだ。

 なぜに王城で? と考えたが、その後すぐに得心がいく俺も大概に鈍い。


 考えるのではなく、端から考慮しとくことだからな。

 

 亜人への偏見を無くす為に全体で励んでもらっているけども、以前に王都へと攻め込んできた魔王軍の編制は、オークとゴブリンを中心としたものだったからな。

 それらが市井に入り込んで殺戮と女性や子供を連れ去った。

 ギルドハウス側の修練場での訓練となれば、市井とも隣接している。

 住民の方々が多数のゴブリン達を目にすれば、どうしても以前のことを思い出し、拒絶することだろう。

 負の感情は一年程度では薄まることはないだろうからな。今は住民にいらぬ不安を与えないためにも、目に入るところに留めないようにしたほうが最良の判断だろう。


 ――――。


「といった感じで翁にお任せしました」


「素晴らしい判断と配慮ですね」

 夜には執務室にて先生と話し合い――に加えて押印作業……。

 いや本当……。腱鞘炎になる……。

 ――……というかランシェルはいつまで俺の側にいるつもりなのだろうか……。

 リズベッドの世話係として近くにいないといけないんじゃないのかな?

 てっきり翁と一緒に王城へと戻るのかと思ったのに。


「ふむふむ。ランシェル殿の入れてくれるお茶は絶品ですね」


「有り難うございます」

 先生から称賛を受けると典雅な一礼。

 メイド姿って事もあるから、この場に馴染んではいるんだけどね。


「しかし主。申し訳ないのですが褒められないところもありますね」


「え?」

 冷たさを纏わせる語気に、俺は自然と居住まいを正す。

 ベルやゲッコーさんとはまた違ったプレッシャー。

 この両者ですら、この場にいたなら俺同様に居住まいを正すであろうプレッシャーである。

 側に立っていたランシェルもそれを感じたようで、一歩、二歩と後退り。


 呑まれている俺達の行動を一通り目にする先生がやおら口を開き――、


「ゴブリン達の食事と給金と簡単に言っていますが――それらはどこから出てくるのでしょうか?」


「……うぅん……」

 ふむん……。


「考えていませんでしたね」


「あの。その……はい……」


「消費する品々は無尽蔵ではないのですよ。主がミズーリを召喚してそこから食糧を回収し続けるとなれば話は別ですが。以前にも話し合いましたがそれだと――」


「――甘えに繋がるのでそこは回避したいと考えています」


「ならば何処から?」


「う、うぅん……」


「頼りない返事ばかりをしないでいただきたいですね。主は勇者なのですから」

 嘆息を零す先生を前にして俺の体は縮み上がるだけだ……。


「その辺りのことも今後は念頭に置いて行動していただきたいですね。安請け合いは駄目です。勇者として弱者の救済は正しいでしょうが、公爵、会頭という立場からも判断をしてください」


「はい……」

 なんでもかんでも簡単に考えてしまった。

 それもこれも有能な先生や荀攸さん。爺様に丸投げして任せとけばいいという考えによるものだ……。

 結果、こういった部分に対応するための俺の能力が、著しく発達していないのが顕著に現れた……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る