PHASE-520【追い込む】
「冗談ではないですよ!」
タゲ取りで標的になった小柄なコクリコだが、柱のような一撃を一つでも受ければそれだけで致命傷だろう。
ゲッコーさんとシャルナも牽制するけど、完全に視野が狭くなった地龍はコクリコだけを追いかけ回す。
コクリコの周辺から生えてくる鋭利な柱。
「させません」
コクリコと柱を遮るようにリズベッドのプロテクションが展開され、攻撃を通さない。
だがコクリコの直下から生えてくる柱には対処が難しいようだ。
それに対しては、コクリコの身体能力のポテンシャルが落ちる前に、
「ふん」
と、ベルの一閃が岩の柱を断ち切ってくれる。
「――――ふむ」
違和感を覚えたのか、レイピアを眺めるベル。
継いで、
「やはり弱っている。硬度は有って無いようなものだ。渇いた泥を斬っている感じだな」
ならばここで、
「一気に終わらせよう!」
「ガロロロロロロ!」
こちらの気概が伝わったのか、先ほどまで執拗にコクリコを追いかけ回していた地龍が体を低くする。
防御体勢かと思ったが、そうじゃなかった。
農耕馬のような体躯で水を蹴りながら疾走し、俺の方へ向かって大ジャンプ。
天井にすら届きそうな跳躍。
俺の直上付近で地龍に変化が起きる。
下腹部に土の塊のような物を作り出した。
土の球体を形成し、後は自重で落下とばかりに俺へと向かって落ちてくる。
さながら質量兵器のようだ。
ご丁寧に床からは動きを封じようと蔦がいくつも生えてきて、俺に絡みつこうとする。
だが俺が手にする残火が纏う炎の前では、植物は意味がない。
全てを焦熱の刀身で燃やして断つ。
蔦に集中させて動きに制限をかけたつもりだろうけど――、
「させません」
こっちには尊いをスローガンに掲げる紳士たちが、愛でたくなるような魔王様がいるからね。
巨大な魔法障壁が俺の頭上に屋根のように展開されれば、地龍の攻撃は無駄に終わった……。
というのは嘘だ。
「くそ! そっち系ね」
下腹部に展開させたのは土の塊だと思っていたが、違った。
土の塊は風船のように音を立てて破裂。
破裂した土風船からは、黒紫のコールタールのような、粘度がある液体が流れ出てくる。
明らかに毒だ。
障壁から垂れ落ちた液体が水に触れれば、シュゥゥゥ――と音を立て、ヤバイ色の煙が立ち上る。
煙を一呼吸でもすれば、即、昇天といった気配がビンビンだ。
「ピーコック」
立て続けにリズベッドによる魔法。
鮮やかな羽根が顕現すれば、毒を中和していく。
粘度が原因なのか、毒ブレスにくらべて中和に時間がかかっているようだった。
それでも俺が毒を受けることはなく、五体無事でいられる。
リズベッドが常に俺たち全員を守ってくれる。本当にありがたい魔王様である。
「グロロロ!」
角をぶつけ、爪を立てる。
障壁を叩き割って、俺に毒を浴びせたいという事に傾倒している地龍の目は、どす黒く不気味だった。
「落ちろ」
跳躍してからの、側面よりベルの斬撃。
可能な限りダメージを与えないことを考慮してなのか、鱗に覆われ、筋肉も厚い背の部分に横線を書く。
加えて蹴撃。
俺が残火以外の刀剣で同様の攻撃をしても、地龍に攻撃は通らないだろうが、そこは武力カンストオーバーの帝国中佐。
ガッツリと斬ることも出来るし、農耕馬サイズの巨体を障壁の上から蹴り落とすことだって出来る。
「おっと」
バシャンと水しぶきを上げられても困る。
何たってそこにはまだ中和しきれていない毒が煙を上げているからね。
俺の所に飛んできては大変と、フロートによるスムーズな後退でしぶきを回避。
この魔法は本当に便利だ。動くことで蓄積される疲労が皆無なんだからな。
「仕掛けろトール」
蹴り落として、視線の高さが合う位置にしてやったのだから、決着をつけろって事なんだろうな。
いや、まだ毒が……。なんて反論は許されない炯眼で俺を見下ろしてくる中佐。
「任せとけ!」
なので空元気で返事をして動くだけだ。
結局は俺が戦いを終わらせないといけないんだろうしな。
コールタールのような毒部分を避けるように、水面に曲線を描きながらの軌道で接近。
地龍が立ち上がれば、枝分かれした角を俺の方へと向けて、迎撃の姿勢を見せてくる。
だがその姿勢からは覇気が伝わってこなかった。
毒風船みたいな攻撃が失敗に終わり、ベルからの攻撃を受け、戦う気力を削がれてしまったようだ。
それでもショゴスから支配されているからか、逃亡という選択はない様子。
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