PHASE-857【綺麗な足だよ。男だけど……】

「――おい、次を出せ!」

 ――…………。

 昇降機の滑車音が聞こえてこない。

 そもそも反応がないね。


「どうした!?」

 ――…………。


「何をしている。さっさと出せ!」


「多分だけど、お前にうんざりして兵士たちはやる気がないんじゃないの」


「ふざけるな! 郷里の者達を死罪とするぞ!」

 この発言に更にオーディエンスのテンションはだだ下がり。

 本当に情けなくなる。

 聞いてるこっちがなんでこんな気分にならなきゃいけないのか……。


 もういいや。


「ランシェル」

 発せば、


「残念ですが、昇降機を使いたくても使えないのです」

 と、呼応して姿を見せてくれる。「おお!」と発する馬鹿の背後から――。


 突如としてお気に入りのメイドが現れたことで馬鹿の声が嬉々としたものになるあたり、自分がいまどんな状況に置かれているか分かっていないようだ。


「一体、何があったのだ?」


「簡単です。兵士の皆様は我々が拘束いたしました」


「なんだと!?」


「ですので、兵士の皆様には罪はありません。動きたくても動けないのですから」

 ランシェルの背後からコトネさん達メイドさんが現れれば、


「まさか……メイドに拘束されたのか」


「はい」

 笑顔のランシェル。八重歯を見せた笑みは男殺しだよな。まあ、笑んでるのも男だけど。


「ええい情けない! やはり死罪だ! メイドなどに捕らわれるような者共は死罪だ!」

 発言にランシェルは溜息。

 そして半眼で馬鹿を見る。こちらにも伝わってくるのはランシェルからの殺意。

 普段は温厚だけども、流石に馬鹿の馬鹿な発言に怒りを隠せないでいる。


「ランシェル」


「はい」

 馬鹿を半眼で見ていた時とは違い、俺に対しては指示を待つといった感じの真剣な表情になる。

 なので俺は口では告げずにジェスチャーで伝えた。

 右手を胸元部分まで移動させて握った拳から拇指を出す。

 そして――グリンと拇指を地面に向ける。

 つまりはサムズダウン。

 これをコロッセオですると敗者を殺せのサインになってしまうだろうが、俺がそういった事を好まないというのは理解してくれているだろう。

 しかも馬鹿とはいえ公爵の息子、戦後処理においてしっかりと戦犯者として扱わないといけないからな。


 俺の意図を読み取ったようでランシェルはニコリと微笑む。

 主賓席の壁によって全体は見えないけども、上半身の動きと一礼からして、俺に対してカーテシーをしているというのは分かった。


 馬鹿息子は自分にしたものと勘違いしているようであったが、そのカーテシーが何を意味するのか分からないままに身構えるという選択をする。

 馬鹿でもそこら辺は本能で察したかな。

 まあ鈍い本能ではあるけど。

 俺が馬鹿の立場だったら、何も考えずに構えなんか取らず、その場から直ぐさま遁ずらかるけどな。


 馬鹿が構えた次には、ランシェルの上半身が完全に俺の視界から消える。

 上半身に変わって見せるのは、天に向かって伸びる白のニーソックスに包まれた細くて綺麗な足と、黒のローファー。

 綺麗な足って発想が生まれるのもなんだかな……。でもって、ガーターまでつけてんだな……。

 それが見えたとき鼓動が高鳴ってしまう駄目な俺……。

 

 邪念を振り払うように頭を強く振って蹴りの評価に意識を持っていく。

 それはそれは強烈な打ち上げ式の綺麗な蹴りだった。

 足ではなく、蹴りとして綺麗だった。

 

 馬鹿の顎が浮く。

 ランシェルの蹴りの威力は顎を浮かせるだけではすまず、顎に続いて体も浮き上がる。

 そのまま主賓席の壁を馬鹿の体が乗り越えると、地面に向かって落ちていく……。

 

 うん……。俺のサムズダウンをっちまえで受け取ってしまったのかな……。

 それとも、この程度の高さから落ちても死なないと思ったのだろうか。


 ランシェル……。常人はね、その高さから落ちると死ぬんだよ……。

 俺としてはその場で叩き伏せて拘束してもらいたかったんだけどな。

 まったく出来ていない以心伝心。


 やはりランシェルから発せられた殺意は、本気のものだったんだな……。 


 教訓。大事な事は、相手がしっかりと理解できるような方法で伝えよう。

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