PHASE-417【イジェクト】

 相手は侯爵を乗っ取っているだけ。ここで命を奪ってしまえば、下手したら大問題に繋がってしまう。

 大貴族を殺害したとなると、いくら体を乗っ取られているとはいえ、この地の他の有力者たちからしたら、許される行為ではない。

 極刑で死罪確定だ……。


「トール。なにも気にする事はない」

 平然と、そして酷薄に口を開くベル。

 先ほど以上の寒気を帯びた殺気が、回廊内に吹き荒ぶようだった。

 継ぐ内容は――、


「このような低俗な存在に乗っ取られる侯爵などたかがしれている。それに私が同じ立場なら、低俗凡庸な魔族に体を奪われたままは恥だから、殺して欲しいと願うだろう」


「ボロクソに言うね……」

 辛辣な発言は、ベルの得意とするところだけども。


「なので、ここで侯爵には名誉の死を遂げてもらう」

 軍人さんに慈悲はない。

 凍りつく空間を象徴するような冷ややかに輝くレイピアの切っ先が、ヴァンパイアに向けられる。

 そうだ、あれは侯爵ではなくヴァンパイア。


 未だ尻餅をついているヴァンパイアは顔を伏した状態。

 しだいにわなわなと身を震わせると、


「……低俗……だと」


「ああ。低俗だろう」

 口角を上げて、素っ気なくベルは返す。


「凡庸……だと」


「何か間違いでも?」

 ヴァンパイア顔負けの嘲笑だ。

 向けられる方はプライドがズタズタになる笑み。

 プライドが高ければ高いほど効果が大きそうな笑み。

 

 尻餅をついた存在から怒りが溢れているのか、ヴァンパイアを震源として、大気が震え出す。


「ふざけた事を! 私は優良種族なのだよ!」

 矢庭に立ち上がれば、ベルへと目がけて手を向ける。

 球体の雷が顕現し、形状が槍の穂先へと変化すると、勢いよく射出される。

 電撃の軌跡を描きながら一直線にベルへと襲いかかる。


「フッ」

 小さく息を漏らすと同時にレイピアが空を切る――――ではなく、空を斬る。

 実際は斬れていないが、目で捕捉が不可能な剣速の斬撃は、目の前の空間を斬っているようなイメージしかわかない。

 剣速と剣圧によって雷の穂先は真っ二つとなり、パリパリと斬られた空間で音を立て、青白く放電しながら消滅していった。


「馬鹿な!? 高速飛翔魔法であるブリッツアローだぞ!」


「知らん。止まって見える」

 それはお前だけだよ。と、言ってやりたい。

 軌跡を追う事は出来ても、軌跡を作り出す飛翔体の捕捉は無理だった。

 高速飛翔と言うだけはある。が、ベルには無意味だったようだ。


「さて、ヴァンパイア。お前の実力は知れた。現状のままなら意味はないので、私が手ずから葬ってやる」

 白銀の髪が大きく靡いた次の瞬間。ベルの体はヴァンパイアの至近へと移動し、レイピアが侯爵の体を貫く――――。

 同時に影で出来た狼男たちもピタリと動きが止まった。


「……った……」

 殺してしまった……。

 さっきから凍えるような雰囲気が場を支配していたけど、今がもっとも冷え切った空間となっている。

 俺は自然と、両手で自分の上腕を擦っていた。少しでも寒さを和らげたいというのを本能が実行していた。

 しかし容赦がない。

 いや、戦いだ。これが当たり前なんだよな。


「俺もああやっていずれは……」

 人の命を奪わないといけないと思った矢先に、


「問題ない」

 いつの間にか横に立っていたゲッコーさんが不敵に笑んでいた。

 何が問題ないのかは、視線を追えば直ぐに理解できた。

 俺の方向から見れば、レイピアは侯爵の体を貫いているようにも見えるが、レイピアに血は滴っていない。

 そもそもが刺していない。ただ体を掠めているだけ。


「なるほど。影を操るだけあって、逃げる時は影に移動するのか」

 ベルの視線が侯爵から離れた位置に向けられる。


「トール。鏡を見てみろ」

 割れていない無事な鏡を指さすゲッコーさん。

 見れば――――、


「あ、侯爵」

 先ほどまで映ることのなかった侯爵が、鏡に映し出されている。

 つまりこれは――――。


「ヴァンパイアが体から出て行ったという事で――OK?」


「OK」

 サムズアップのゲッコーさん。

 なるほど、これはこれは――――。

 これで心置きなくヴァンパイアと戦えるって事じゃないか。


「斬って候」

 残火をしっかりと握って、素振りを数回行う。

 さあ、正体を見せてもらおう。

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