PHASE-1055【自己紹介】

「まずは勇者殿、ようこそおいでくださいました」


「いえ、我々の入国を許可していただきありがとうございます」


「この様な状況下でなければ、外の方々にはエリシュタルトを訪れてほしいと思っているのですがね」

 といった御簾みすの奥からの発言に、蛇さんたち側の列からひりついた気配が発せられたのは分かった。

 派閥間でのバチバチな一端を垣間見たようだ。


「父上。今はそのような話は」


「おお、そうであるな。勇者殿――いや、もっと親しみを込めてトール殿でよいかな?」


「ご自由に。敬称も取っていただいて結構ですよ」


「そうはいかん。私にとって、いや――この国にとっての大恩人に敬称を付けずに呼ぶなど不義である」


「……大恩人?」

 なんだよ大恩って。

 俺は全くもって身に覚えがない。

 なのでパーティーメンバーを見れば――ポカンとしている。

 ベルとゲッコーさんを除いて。

 どうもこの二人は今のやり取りで瞬時に理解したご様子。俺もそんな風に直ぐに察するだけの脳みそが欲しいところ。


「顔を見せてあげなさい」


「はい」

 はいの一言だけで小さい方の人影が明朗なのは伝わってくる。

 声の張り方一つで賢者か愚者かってのは存外、分かるもんだな。


「トール殿。我が子と顔を合わせてくれるか」


「ええ、もちろん」

 俺が応じることで御簾が上がっていく。

 子供一人分の高さまで上がり、そこから少年がピョンと出てくる。


「お久しぶりです勇者殿」

 小さな体が深々と頭を下げれば、並ぶ氏族――蛇さんサイドの表情が渋面に近いものに変わる。

 大方、人間なんかにエルフ王の子息が深々と頭を下げるのはどうなのだろうか? と、思っているんだろうな。

 

 にしても、お久しぶり――ね。

 しっかりと体を起こして俺を見てくるエルフの少年。

 品のある笑顔は間違いなく見た顔だった。

 そう、見た顔だ――――。


「…………!? あ~はん!」

 ついつい驚きでアホみたいな大声を出してしまう。

 謁見の間には似つかわしくない声に、側に立つベルからは注意として嘘くさい咳を一つ打たれる。


「あ~はいはい。うん知ってる。海賊討伐の時に囚われていた子じゃないか」


「はい! トール様」

 そうか。そうだよあの子だよ。目の前の子はあの時の子だ。

 直ぐに思い出せてよかった。

 朝からエルフの子供二人を救った時にも回顧したからな。そのお陰もある。

 あれがなかったらもっと手間取ってたよ。

 ついつい――うん知ってる。って失礼な発言をしてしまったが……。

 

 ショタ好きの心を完全に虜にするであろう目の前の少年だが、その少年が勇者殿からトール様と変えた途端に、やはり蛇さんサイドの顔が渋いモノに変わる。

 でもポロパロングには焦燥感が漂っていた。

 王子が様を付けるほどに俺と親密なのかという考えから焦っているんだろうな。

 短い期間にちょっとだけ会話を交わした程度だから親密さなんてないけどね。

 だが、小者故か勝手に思い違いをしている模様。

 大体、俺自体が目の前の小さな存在に驚いているからね。


「王子――なんだね」


「はい、今回の戴冠式にて王となります」


「おお……」

 こんなに小さいのに王になるのか。

 といっても以前のやり取りで、この子から聞かされた年齢は八百歳を超えていた記憶がある。


「あの節は有り難うございました。あのまま助けがなければどうなっていたことか。救われた時はそうでもなかったのですが、国に戻ってあの時のことを思い出せば、今でも体が震えます」


「何もなかったから良かったじゃないか」


「はい。僕は良かったんですが、もしかしたらそれ以前に捕まった方々はと考えれば罪悪感もあります」

 別にこの子が罪に苛まれることはないよね。

 それだけ思いやりがあるって事なんだろう。

 流石は見聞を広めようとして外の世界に出るだけの胆力がある。

 見聞を広めることでこの国の現状をどう変えようかと考えての行動だったんだろうなと推測していれば、それに近い内容の事を語ってくれた。


「素晴らしいお考えですね。――ええっと……」

 やべぇ……名前を知らない。

 この子の名前はなんて言うのだろうか。


「申し遅れましたトール様。トール様と会えることに気が逸ってしまい、名乗ることを忘れていました」

 気恥ずかしいのか体をくねくねと動かす所作は、完全に年上お姉さんキラーの動きである。


「エリスヴェン・ファラサール・エドラヒルと申します」

 再度の典雅な一礼。

 エリスヴェン王子の一挙手一投足でルミナングスさんと蛇さんを除く氏族たちは一々ざわつく。

 エルフの王族――しかも次期王となる者が人間に二度も頭を下げる姿は驚きでしかないようだ。

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