PHASE-1056【呼び捨てで】

 他が驚くのとは違い、エリスヴェン王子が俺に対して恭しくすればするほどに、ポロパロングの青ざめた顔は更に血の気が引いていき、血色の悪さが際立ってくる。

 

 王派閥と氏族派閥がこの国での二大権力であったとしても、次期王が慇懃に俺に接すれば蒼白にはなるのは当然。

 そんなポロパロングの顔色が悪くなろうとも王子は気にすることはなく、


「皆さんもお元気そうで何よりです。お仲間も増えているようで。その中にはシャルナ殿もいるんですからね」


「ああ、はい」

 王子の前となれば流石にシャルナも畏まる。

 でも俺をキッと睨んでくるのはなんでだろう。

 シャルナの視線も気になる所だが、エリスヴェン王子の視線がベルに向けられると、なぜか目を泳がせていた。


「どうされました?」

 すかさず視線が気になったベルが問うてみれば、顔をうつむかせる王子。

 恥ずかしそうである。

 あれか? ベルに惚れたとか言うのはなしだからな。

 ベルは可愛いのが好きだからな。ここで王子が可愛い仕草とかしたら琴線に触れるかもしれない。

 

 ――どういったリアクションを取るのか気になりつつ王子を見ていれば、意を決したように顔を上げると、


「あの……以前は……長い耳と扇情的な格好でしたので」


「な!?」

 ――……そうだったな……。

 あの時はバニースーツだったな……。

 余計な事を思い出させないでよ王子……。

 シャルナだけでなくベルまで俺を睨んできたんですけど……。


「あの、ああいった格好も敵を油断させたりするための冒険者としての戦法なのでしょうね」


「違う!」

 王子相手にでもしっかりと強い語気で否定できるのがベルの強味か。

 謁見の間のエルフさん達が揃ってビクリと体を震わせた。

 御簾の奥では現王も同じように震わせていたのが分かった。

 国に種族が違えども、ベルの迫力の前では皆等しく同じリアクション。


「大体、あれはトールが馬鹿な事をしたことが原因だろう」


「その時のも含めてガッツリと制裁を受けたじゃないかよ」

 力試しで俺が周囲を煽ってのなんちゃって固有結界である【凄く尊き理想胸アバカン】発動時なんて、セラとは違ったガチの死神を幻視したからな。

 死が迫る恐怖の中で制裁はきっちりと受けたじゃん……。

 だから拳を俺に向けるのは止めてくれ。

 

 ここは謁見の――


「ここは謁見の間ですよ。少し声を落としていただきたい」

 そうですよ。蛇さんありがとう。俺の思いを代弁してくれて。

 お陰でベルが大人しくなってくれたよ。蒸し返されてまた痛い目にあうなんてゴメンだからな。

 

 この国でも賭け事が出来ると期待したのですがね。っていう追撃発言をしたコクリコにはムカついた。

 コイツはどれだけ俺をボロボロにして儲けようとしているのか……。

 ここは厳かにならないといけない場だってのに。

 代表して俺がエルフさん達に頭を下げていく。

 このパーティーで勇者。つまりは中心である俺が代表して頭を下げる……。

 代表だからと言い聞かせて……。

 ペコペコの人生は元の世界に帰って、社会に出てからだけでいいのに……。


「皆のために頭を下げるのも大事だ。それだけで結束も生まれるし、それが人生に厚みを生む」


「適当なこと言ってますよね」


「――まあな」

 圧倒的カリスマ様め! ハリウッディアンな髭を剃ってやりたいよ!

 

 ――俺達の一連のやり取りが原因で、氏族の皆さんやリンファさんは呆れた目になっているけども、そんな中でクスクスと笑うのはエリスヴェン王子。

 なんとも楽しげな笑みである。

 ショタ好きにはたまらない笑顔なんだろうな。


「トール様と御一行は本当に楽しそうですね。そうやって外の世界で大いにご活躍しているのでしょう」


「楽しくはあるけど命がけでもあるんですよ。それと王子、こっちに敬語や敬称なんていりませんよ」


「父も言いましたが、僕にとっては恩人。恩人に対して礼を欠くような話し方は出来ません」

 そうですか。

 笑顔だった表情を真面目に変えて返してくる。

 断りをいれたところでこのスタイルは変えないようだ。


「それよりもトール様こそ僕の事を王子などと呼ばないでください。救われた方に敬語を使わせるなど失礼ですから」

 別に失礼ではない。

 むしろここで友達感覚で話しかければ、氏族の方々からの印象が悪くなる。

 個人的にはルミナングスさん以外には嫌われてもいいけどさ。

 勇者だけでなく、公爵としての立場でモノを見ればそうもいかんからな。

 

 当の本人は気安く呼んで欲しいみたいだし、エルフ王も息子には親しく接してもらいたいから友人に語りかけるようにとも勧められる。


「では――今後ともよろしく。エリスヴェン」


「面倒でしたらエリスと略してください」


「ああ、は――うん。じゃあエリスで」


「はい!」

 嬉しそうで何より。

 ルミナングスさんは胃の辺りを擦り、蛇さんは無表情。

 イエスマンは他の氏族の顔色を窺い、ポルパロングは更に蒼白に拍車をかける。

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