PHASE-1259【孤独ではない】

「ちょっとトール。いい加減にしください! 私の鍛練を阻害しないでいただきたい!」


「おう悪いな。どうにもこうにも振らないと気がすまなくてな」


「声からしてまったくもって悪いと思ってませんよね! そんな感情だけを乗せた振りでは鍛練にもならないでしょうに」


「う……む。その通りだな」

 正鵠を射るコクリコの言に反省。

 精神をクールダウンさせるように長い呼吸を行う。

 八つ当たりとか格好悪いもんな。今は少しでも自身のスキル向上に励まないといけない時だ。こんな力任せに振っているだけでは地力向上なんてない。

 ただ無駄に体力を消耗しているのと一緒。

 即ちおバカ行動。


「まったく。これではアドンとサムソンを上手く操作できませんよ」

 昇級式から次の日。時間帯は昼前。

 二刀の訓練として、多方向から迫るサーバントストーンであるアドンとサムソンを切り払うという特訓のはずだったのに、俺がムキになってしまい現状を無視。

 使用者が狙われてはたまったものではないとコクリコはお冠。


 現在は俺の二刀流向上と、コクリコの操作技術を高めるための時間帯。

 なので操る者を攻撃すれば、当然ながらサーバントストーンの動きにも支障をきたしてしまう。

 相手に攻撃をされながらも操作するというのは、現状よりも技術を高めてからのこと。

 訓練中に使用者を狙うのは禁止にしていたのに俺が仕掛けたもんだから、コクリコが怒るのも無理はない。


「本当にすまん」


「ちゃんとしてくださいよね!」


「はい……」

 コクリコに注意を受ければ、


「会頭、振るうにしても雑念が籠もりすぎています。ただ振っているだけでは連撃とは言えません」


「全くもってその通り。申し訳ない」

 俺達の訓練に付き合ってくれるマイヤからの指摘にも素直に頭を下げる。

 これではただ無駄に時間を消費しているだけだからな。

 嫉妬なんかじゃなく、成長した俺を見せてベルには大いに驚いてもらわないといけない。

 でもって惚れさせてやる!

 ――ってのは欲を出しすぎているかな。せめてゴロ太に向ける愛情の一欠片でもいいから――、


「欲しいわい!」


「トール!」「会頭!」

 結局、雑念が宿ってしまい、二人からお叱りを受けてしまう……。

 メンタル豆腐でギヤマンハートのダメダメな俺氏……。

 

 ――――。

 

 と、コクリコと協力し、マイヤに見てもらう訓練は初日こそダメダメだったが、十日が経過した頃には二刀の扱い方も様になってきた。

 まだまだなのは自分でも分かっているけども、いちいち頭の中で思考しつつ振ることから、直感的に振れるようになってはきている。


「まだ粗は目立ちますが様にはなってきてますね」


「有り難う。でもソレは指南役であるマイヤに言われたかったな~」


「なにおう!」

 指導をしてくれたマイヤに言われた方が説得力があるからね。

 コクリコからの称賛も嬉しくはあるけどさ。


 成長は俺だけでなく――、


「コクリコも操作が上手くなってきたよな」


「このロードウィザードであるコクリコ・シュレンテッドにかかれば当然のことです」

 接近戦を仕掛けられると集中が削がれ、アドンとサムソンの動きは鈍いものになってしまうけども、即座に接近戦に思考を切り替えるという判断が早くなっているのは確かだ。

 そもそもアドンとサムソンはそのモノを相手にぶつけて打撃を与えるって仕様じゃないからな。

 遠距離から術者と同レベルの魔法を発動して攻撃するのが本当の使い方。

 本来なら攻撃魔法を掻い潜ってコクリコへと接近しなければならないから、難易度は今の比じゃない高さだ。


「そい!」


「おっと」

 コクリコの成長に感心しているところで、そのコクリコから不意打ちが仕掛けられる。

 アドンとサムソンによる不意打ちに対し、木刀二本で迎撃。

 右にて横薙ぎ。左で袈裟斬りを同時に行えば、リリーンといった小気味の良い音色が響く。

 ミスリルに振れた時の特徴的な音だ。


「ここ数日でよく耳にするようになりましたね」


「さもあろう」


「それだけアドンとサムソンの高速移動に目が追いついて、切り払うだけの技量も向上したということですね」

 最初の頃と違って、同じ方向に木刀二本を振るという事は少なくなったからな。


「本当に大したものですよ。トール」

 笑みによるコクリコの褒め言葉。


「ハハハハ――」

 気が良くなって笑っていれば――、


「ハァァァァァァン!?」


「浮かれすぎて隙を見せるのが悪いのです」

 ――……だからって後頭部にアドンを叩き付けるのはいかがなものかと……。

 ヘタしたら死ぬ一撃なんだからさ……。

 もう少し手心を加えてもいいと思うの……。


 うずくまっているところに――、


「会頭――まだまだです……」

 と、マイヤからお褒めの言葉を受ける事はなかった……。

 

 ――――。


「いたたた……」


「まだ言っているのですか。もう夜になるというのに昼間の痛みを未だに引きずるのは勇者としてどうかと」


「引きずってしまうくらいに強烈な一撃を後頭部にくらったからな……」


「哄笑して油断しているのが悪いのです。回復せずに痛みを残して反省しなふぁい」


「くぅ……」

 でっかく口を開けて魚のソテーを目の前で食すコクリコの発言に言い返せない俺……。

 しかし昇級式の時もそうだったけど、食のバリエーションも増えたな~。


「乾物だけでなく生魚も運ばれてんだな」


「色々な美味しい食べ物が増えるのは喜ばしいことれふ」

 食いながら喋るにしても、語末だけがちゃんと言えないのは可愛さを狙ってのものなのだろうか?


「王都とレゾンまでの輸送ルートが安全になってからは、塩と乾物だけでなく大きな生魚も手に入るようになったんだな」


「そいつはレゾン産じゃねえぞ」


「あ、そうなの」

 一仕事終えたギムロンが既に酒気を纏わせ、俺達が座る席までやって来る。

 挨拶とばかりにゲフッっと豪快なゲップをすれば、酒気が一層広がるというもの。

 酒気により自身が食べている魚のソテーに余計なニオイが混じったことで、不快感を抱いてギムロンを睨むコクリコだが、睨まれる方は手酌で酒を注ぐことに注力して気にも留めない。

 

 で、注いだソレを一飲みしてから、


「その魚は会頭の領地からのもんだぞ」

 コクリコが食しているのはセルサスサルモーと呼ばれる魚だという。

 赤色の切り身は鮭や鱒を思わせるもので、ミルド領などの北国の河なんかで取れる魚だそうだ。

 食べ頃の大きさは1.5メートルくらいとのこと。

 北国だとミルド領が一番の漁獲量を誇るそうで、特産の一つでもあるらしい。

 その特産である領地の公爵であるってのに、特産を知らないとは……。

 領地統制には反省したものの、まだまだ知識が不足している。

 運が良かったのはこの場に先生がいなかったことだな。

 いたらまた怒られるところだった。


「自領の特産であるのに知らない。公爵としていかがなもろふぁ」

 幸せそうな顔で頬ばりながら痛いところを突いてくるじゃあないかコクリコ。

 やはり語末は可愛さアピールなのか?


「特産を一つ一つ覚える暇がないほどに会頭は東奔西走していらっしゃる。だからこそ補佐をする有能な者達がいるんだよ。共に行動している割にはその事を理解していないんだな」


「なんです――って」

 と、俺をフォローしてくれるのは、コクリコの横でその豪快な食いっぷりを黙って見ていたドッセン・バーグ。

 この発言で双方バチバチと睨み合い。


「まあまあ、ここは食事を楽しんでくれ。ドッセン・バーグも存分に食べてくれよな。俺の奢りだから」


「有り難うございます」

 新人さん達の為に身銭を切ってくれているのを知れば、男気に対して食事を奢りたくもなるからね。


「遠慮なんかしないでくれよ」


「分かりました」


「コクリコには言ってないからな。お前は自腹だから。金を持っているのはお互い分かっているからな」

 リンのダンジョンで稼いでいるのはお互い様。

 俺の発言に返ってくるのは唇を尖らせた表情だった。

 舌打ちがなかっただけいいだろう。

 

 俺達のやり取りを目にしてからドッセン・バーグが――、


「存分にいただきます」

 と、強面の表情に笑み湛えて返してくれた。


「しかしこのタルタルソースなるものは、このソテーされたセルサスサルモーの味を引き立てるのに抜群ですね」

 いただくと言ってからのドッセン・バーグは感想を述べつつも、一口で切り身の半分をたいらげる。

 皿に乗せられたソテーにはたっぷりのタルタルソース。

 マヨネーズが出来てるんだから派生のこれも出来ていて当然なんだよな。

 タルタルソースもライセンス生産にして稼いでいこう。

 調味料による収益を考えている眼前では、大人の手ほどあるソテーを二口で食べきり、ビアマグに並々と注がれている酒をガブガブと飲みきる姿。


「豪快だね。物足りないならもっとどうぞ」

 この程度で食べ終えるってガタイじゃないだろうからな。

 遠慮せずに次々に頼めばいいと伝えれば、遠慮なく――と言いつつ喧騒の中でも通る声で注文をするドッセン・バーグ。


 ――……流石は冒険者というべきか。


 遠慮なくと言っただけあって本当に遠慮がない。

 俺に対してとても腰が低いけども、テーブルの上に並ぶ食事の量を見れば、遠慮はないのが分かる。

 もしくは俺が勧めているからこそ、遠慮をすれば逆に無礼と思ったのかもしれない。

 同様のソテーに、野菜のたくさん入った澄んだスープはポトフなのかな? 他にも俺もよく食べる厚切りベーコンサンドなどなど。

 ソテーが気に入っているのか、テーブルの半分をセルサスサルモーが占めている。

 それらをガツガツと口に運んでいくドッセン・バーグ。

 対抗心を抱いたのか、隣に座るコクリコも負けじと口に運んでいく。

 お互いの目が合えば、ここでもバチバチとした電撃を俺へと幻視させる。

 咀嚼と口に運ぶための手の動きを加速させていく二人の姿には圧倒された。

 

 ――俺は、――私は、蒸気機関車だ。

 この両手は火夫かふでありショベル。ボイラーに石炭をくべるが如く口に食べ物を運ぶ。

 燃料が胃に運ばれれば新たに体を動かす原動力となり、終着駅まで走破していくのだ。

 ポォォォォォォォォォオ――――!!!!

 といったナレーションと共に、エレキのツンドラを余裕で脳内再生できた。

 

 孤独といったシチュエーションではないけども。

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