PHASE-191【天網恢々、疎にして失わず】

 ――……称える笑いは、次の日には見事に沈黙へと変わった。


「私達が気付いていなかったとでも?」


「気付いていたのか?」


「あれでどうやって気付くなと? 男二人して、昨日は随分と私達が休んでいた隣の部屋で騒いでいましたね。しかもその内容が、我々にとって聞き捨てならないものでした」


「抜かったな……。この俺が風呂場のトールのように、テンションを上げてしまったとは……。任務達成から気が緩んでの飲酒で大騒ぎをしてしまった……」


「任務などという単語を使わないでいただきたい! まさかこの馬鹿と同じ次元の方だったとは……」

 どうもおはようございます。この馬鹿こと、遠坂 亨です。

 現在、俺たちは、自分たちが就寝していた日本の旅館を思わせる宿屋にて、部屋の前の通路で正座をさせられている。


 標高の高い朝は、夜同様に寒い……。

 底冷えもする中で、板張りに正座。

 ギンギンの冷たさが、足より体全体に伝わってくる。


「バレバレじゃないですか……」


「すまん。俺も男だということだ」

 コソコソと話し込む男二人。

 

 ゴロ太がベルの体を洗い始めたところで、最高の体がゴシゴシされる度に、大いに実ったものが躍動するもんだから興奮したと、生々しいことを楽しげに語ってくれた昨晩。

 

 聞けば聞くほど血涙を流したくなる状況。

 それを見られなかった事が、非常に残念でならなかった。

 

【躍動って胸ですか! おっぱいなんですか!】


【ぷるんぷるんをばっちりと見たって事ですよね!】

 てな具合に、興奮して質問したもんだ。


「おい! 二人して何をコソコソと話している。昨晩のように馬鹿みたいに大声で会話をしてもいいんだぞ!」

 長く白い髪が今にも怒りで逆巻きそうである。


「こんな男共は見せしめに全裸で逆さづりにしましょう。寒空で体が冷え切ったら、そこに度数の高い酒をぶっかけてやるのです」


「おそろしいことを平然という。ガソリンじゃないのが救いか……」

 ゲッコーさんもどん引きのコクリコの発想。

 サイコパスを疑うね。

 気化熱で俺たちの体温を奪って苦しめたいようだ。


「それはいい考えだな」


「「いい考えじゃない!」」

 やべえよ、帝国軍人ならやりそうだよ……。


「とは冗談だ。トール」


「はっ」

 ここは逆らってはいけないと、快活に返事。


「お前は昨日、制裁を受けた」


「はい」


「なので立っていい」


「はい!」

 よっし! 俺はもう大丈夫。

 

 ゲッコーさんが伝説の兵士とは思えないほどに、俺に縋るような目を向けてくるけども、俺がここで擁護したとしても、ベルの怒りを買う方が怖いので、救えることは出来ない。

 

 昨晩、俺は見る事も出来ずにボコボコ。


 ゲッコーさんは見る事には成功している。なので、もしボコボコになったとしても、俺よりは遙かにいい思いしてるじゃないですか。

 ――と、アイコンタクトで伝えればそこは伝説の兵士、理解したのか、ハリウッディアンの髭に囲まれた口端が上がる。

 ドラマや映画なんかで、死を覚悟した時に浮かべる笑みに酷似していた。


「なにか申し開きは」

 低く凛としたベルの問いかけ。


「温泉という場で、調子づいた事をしてしまい、申し訳なかった。としか言えない」


「素直でよろしいです」


「甘いですよベル! いくらゲッコーさんといえども、裁かなければなりません」


「安心しろ。お前のは見ていない」

 堂々と言い切る。


「どいつもこいつも!」

 震えるコクリコ。

 暗黒のオーラを纏っている錯覚が見えてしまうくらいのプレッシャーだ。

 いつものようにワンドを振り上げる琥珀色の瞳は――、血走っている。


「落ち着くのだ。私が修正してやるから」


「徹底的にお願いします」


「任せてお――――けっ!」

 おっと、会話に交えながらの不意打ち右ストレート一閃。

 これにはゲッコーさんも油断していた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!」

 中々に大きな声の断末魔。

 エコーがかかっていればゲームの世界だが、ここは異世界で現実。エコーなどはない。

 だからこそ、生々しいものだった。


 あの伝説の兵士が、グーパン一発で顔を歪めながら吹き飛ばされる姿は、一プレイヤーでもある俺にしたら、心がチクリと痛いし切ないな……。


 でも……、


「ごめんなふぁい……」

 弱々しく謝罪する伝説の兵士の姿を目にしてしまうと、


「かっこわり~……」

 昨晩の感想と真逆の考えをはっきりと口に出してしまった……。


 見たくなかったよ。そして、貴男の部下たちに見せられない光景だよ……。


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