PHASE-190【称えるべき漢】

「…………ひゃむい……」

 よもや放置されるとは……。

 

 しつこいようだが、ここは標高が高い位置にある村だ。

 夜になれば、気温もぐっと落ちるというもの。

 なのに放置とか……。

 勇者が温泉で凍死とか、前代未聞の事件が発生するっての!

 本当にFUNAKOSHIとKATAHIRAにお世話になるところだったわ! 被害者としてな!

 

 起き上がれば、流石はベルだ。

 未だに足がふらつくぜ……。

 直ぐ側に温泉があるのは有りがたい。


「はぁぁぁぁぁ」

 冷えた体で入れば、血流が良くなって、全身がチクチクする。

 流石は水龍の加護がある温泉。

 加護が薄れているとはいえ、痛みがひいていくぜ。


「酷い顔だぞ。腫れが凄い」


「大丈夫れひゅよ。きょのおんしぇんに顔をちゅければ治りますしゅ」

 ひゅうひゅうと空気が抜けて、変な喋り方になっているな。


「画策しての行動みたいだったが、端から見てるとただのやけくそだったぞ」


「テンヒョンが変にゃ方に入ったみたゃいで、ふきゃこうりょくを盾にしようとおもっはら、最初ににょぞいた時点へ、ふきゃきょうりょくもくそもないれふからね」


「聞き取りづらい……」

 ですよね~。


 ――――しばらくすれば、温泉の回復効果で、見事に完治した。


「ところで何処に行ってたんです? 俺だけを残してなぜ楽園から背を向けたんですか?」

 半眼で見てやる。


「ずっと――、いたんだがな」


「は? 途中からいなかったじゃないですか。だから俺一人で浪漫の道を歩んだんですよ!」


「すまないな。俺は確実を選択したんだ」

 確実――――だと?


 ――……!?


「ゲッコーさん! あんたまさか!?」


「ああ」

 この伝説の兵士、使用を渋っていたくせに。


「使ったんですね! 光学迷彩を」


「ああ!」

 返答と同時に姿を消してみせる。

 いなくなったと思っていたが、発言どおりずっといたんだな。


 俺が必死になって仕切りに隙間がないかを探して、無理矢理に隙間を作っている時にも、ずっといたということか。


「全部――見たんですか?」

 上擦り震える声で問えば、


「もちろんだ!」


「俺の言ってる全部って意味――、分かってますよね?」

 更に問えば、サムズアップが返ってきた。

 九十度の仕切りを光学迷彩で姿を消して登ってからの観賞……。


「凄かったですか?」


「ベルは芸術だぞ」

 本当に見たんだ! 女風呂の女の子達を見たんだ!


「!? まさか! 俺のことを!」


「すまんな、戦いだったからな」

 俺の事を囮にしたんだ……。


 ゴロ太との入浴で感知が散漫になっていても、それだけで虚を突くのは確実ではないと判断し、俺を当て馬に使って確実のパーセンテージを上げ、観賞ミッションを遂行させたって事か!


 俺が痛みで苦しんでいる時にも、殴る蹴るの暴行を受けていた時も、ばっちりとこの人は姿を消して見ていたんだ!

 俺が苦しんでいる時に!


「かっこいいじゃないですか!」

 当て馬に使われたとか、そんなことで怒りを抱くわけではない。

 任務のぞきを確実にこなす為の手段だ。

 その姿は正にプロだ。

 

 テンションが上がりまくって、空回りしていた自分自身こそが悪いのだ。

 最初、光学迷彩は使わないと発言したのもブラフだったんだな。


 俺がそれを頼れば、自分が使えなくなるからな。

 だからこそ、段ボールを背負うという滑稽な姿を俺に見せて、頼りない存在とすり込ませたんだ。

 この人の手の中で踊らされていたんだな。俺は――――。


 天壌の差。


 俺とゲッコーさんとの間には、圧倒的な経験の差がある。


 戦場で培われた様々な経験により実行された任務のぞきと、場当たり的な行動のぞきでは、差が開くのも当然のことだ!


 尊敬だ。俺は自分が利用されたからという怒りを抱いてもいいのだろうが、それ以上に任務のぞきを達成した男には最高の称賛を送るべきなのだ。


 流石は伝説の兵士、圧倒的カリスマ!


 拍手だ、ゲッコーさんは拍手で称えないといけない。


「ありがとう。怒りに支配されるのではなく、俺を称賛してくれる。お前は俺を超える存在になれるかもな」


「はい!」


「「ハハハハハハ――――」」

 叢雲も完全に消え去り、晴れ渡る漆黒には満点の星。

 天空にばらまかれた砂金の如き星々が輝く、美しき夜空。


 その下で、男達は高らかに笑うのだ。

 

 一人の英雄を称えるために、笑うのだ!


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